第15話:愚の骨頂




 アルマスは焦っていた。

 磐石であったはずの王太子の地位が、おびやかされる事になりそうだからだ。

 それは突然、晩餐の席での事だった。



 父である国王と母である王妃、弟の第三王子との会話らしい会話も無い静かな食事。

 第二王子は、アルマスが王太子に決まった時に隣国へと出された。

 アルマスがマルガレータと婚姻したら呼び戻す案もあったらしいが、隣国で婚約者も出来たので、そのままだろうというのが大方の予想だった。


 それなのに、それなのに!

 アルマスがマルガレータと婚約破棄をしてしまった為に、その世界が崩れ始めたのだ。

 そう。婚約破棄。

 表向きは婚約解消となっているが、アルマスの有責での解消なので慰謝料も莫大に払うことになっており、王家の気分としては破棄に近い。


 そもそも王家は、アルマスだけでなく国王も王妃も、婚約の継続を望んでいたのだ。

 マルガレータはその才能だけでなく、人脈も優れていたからだ。



 アルマスは優秀な婚約者だけでなく、リエッキネン侯爵家という後ろ盾も失ってしまった。

 しかもマルガレータがイカヴァルコ侯爵家のヨハンナと仲が良い事は有名であるし、ヨハンナの婚約者はシエヴィネン公爵家の嫡男である。


 このままアルマスに国を継がせて良いのか?

 そのような疑問が湧き出てきても当然だろう。

 しかも、第二王子は王太子よりも遥かに優秀であり、それゆえに国が荒れるからとの理由で幼い頃に隣国へ預けられたのだから。




「アールトを呼び戻す」

 国王が自分の食事が終わった瞬間に、そう告げた。

 まだコーヒーを飲んでいた王妃は持ち上げたカップをそのままに固まり、第三王子は口にはこんでいる途中のデザートをポロリと落とした。


 国王より先に食べ終わっていたアルマスは、驚きに見開いた目を、すぐに険悪なものに変える。

「なぜ今更アールトなんかを呼び戻すのですか!」

 テーブルを両手で叩き、不満を表しながら叫ぶアルマスは、本当に何も解っていないようだ。


「お前は今の自分を国王に相応しいと思っておるのか?」

 予想外に冷たい目で見られ、アルマスは言葉に詰まる。

 それでも幼い頃から王になるべくしてきたので、自分以上にその地位に相応しい者はいないと思っていた。


 ただし、あくまでも生活であって努力では無い。

 王太子として持ち上げおだてられ、気位ばかりが高く、能力は伴っていない。

 しかも本人がそれに気付いていないという、一番最悪な状態である。


「俺……私以上に相応しい者がいるわけが無いでしょう。マルガレータもすぐに婚約者に戻してくれって泣きついてきますよ」

 アルマスの言葉に、国王の眉がピクリと上がった。

「リエッキネン嬢をまだ名前で呼んでおるのか」

 咎めるような低い声に、さすがに自分の失態に気付いたアルマスは、顔色を悪くして口をつぐんだ。




「このままでは、アールトに王太子の座を取られてしまう」

 部屋に戻ったアルマスは、閉じ込められた動物のように部屋の中をグルグルと歩いていた。

「どうする。どうすれば良い? マルガレータを婚約者に戻すには、どうすれば……」

 そこでふと立ち止まった。


「婚約者になど、しなくても良いじゃないか。あの生意気な女が王妃だなんて、勿体無い」

 ニヤリと笑った顔は下卑げびいやしさしかなく、王太子どころか貴族としての気品も無い。

「他の男に嫁げないように、既成事実を作ってしまえば良いだけじゃないか!」

 頭の中身まで、いやしく出来ていたようである。


「リエッキネン侯爵邸ではヤツの護衛が居るから、ちょっと難しいだろうな」

 また部屋の中を歩き回り始める。

「城に呼んでも、今までの様子だと来ないだろう」

 まったく素直じゃないと女だな、と付け足したところを見ると、マルガレータは自分に未練があるのに、無理をして拒否しているのだと本気で思っているようだ。


「やはり学園か。別に愛してやる必要は無いのだから、空き教室の床で突っ込めば良いだけだしな」

 最低最悪の事を言っている自覚は、アルマスには無い。

 もしそれでマルガレータに嫌われても、自分の所に来るしか選択肢が無くなるのだから、それで良いとさえ思っていた。


「そうだな。純潔を散らせば、妾にしかなれないし、一石二鳥じゃないか!」

 ははははは、と楽しそうに大声で笑うアルマスは、こっそり監視している影の表情を曇らせる。

 追い詰められたからか、ティニヤの知る王太子よりも、遥かに醜悪な存在へと落ちて行っていた。


 そして翌日、マルガレータを迎えに行き……撃沈するのである。



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