第17話:熱風・寒風・嵐




「これは、まさかの一目惚れ?」

 マルガレータがクスタヴィの視線を辿り、その先に居るのがヨハンナだと確認する。

『始まりは第二王子の一目惚れだったのですのね』

 さすがにティニヤも知らなかったらしく、王族らしからぬクスタヴィの行動に驚いている。

 普通王族は、人前で感情をあらわにしない。それは隣国でも変わらないはずである。


 ヨハンナは手を上げたまま返事を待っていたが、クスタヴィの視線に耐えきれなくなったのか、静かに手を下ろし、俯いた。

「私、失礼な事は聞いていないわよね?」

 ヨハンナは不安そうにマルガレータへと聞いてくる。

 視線は下を向いたままだ。


 彼はヨハンナと恋仲になる、という話をティニヤから聞いていなければ、マルガレータもクスタヴィが怒っているのかと勘違いしたかもしれない。

 目も口も開いたポカンとした顔をしていたクスタヴィだが、横に居るアールトに肘鉄されて、顔をキリリと引き締めたのだ。視線はヨハンナを見たまま。


 照れているのか、格好良く見せたい男心か、その両方か。

 精悍な顔が三割増しで迫力を増している。

 睨まれていると勘違いしてもしょうがない程度には、その視線は鋭い。



「申し訳無いね、令嬢。慣れない環境で彼は緊張しているみたいだよ」

 アールトがクスタヴィの視線を遮るように、その前に立った。

「そうそう、宝飾品を贈る……でしたね。エーデルシュタイン王国での生活の方が長いので、変に言葉が混じるみたいです」

 照れたように笑う顔は、年相応に見えて令嬢達の庇護欲を誘う。


「あの! 自分はクスタヴィ・フルスティ・テルヴァハルユ。エーデルシュタイン王国の第二王子です!」

 突然、クスタヴィがもう一度自己紹介を行った。その視線の先は、相変わらずヨハンナである。

 せっかくアールトが場を取り繕ったのに、全てが無に帰す。


 格上の相手に名乗るように促されたら名乗るのが貴族の決まりである。

 それは、相手が先に名乗った場合も当てはまる。

 先程の自己紹介は、教室内の全員に向けたものであるが、今回は明らかにヨハンナ個人へ向けられたものだ。


 ヨハンナはチラリと視線を上げ、自分を見ているクスタヴィを確認した。

「イカヴァルコ侯爵家、ヨハンナと申します」

 席を立ったヨハンナは、自己紹介を返した。


 また、おかしな雰囲気が教室内に漂う。

 クスタヴィの普通では無い態度は、に対するものでは無いからだ。


 このままでは変な噂が流れかねないと思ったマルガレータは、席を立った。

「リエッキネン侯爵家、マルガレータと申します」

 自己紹介の時間ですよね? と、有無を言わせぬ笑顔に乗せて挨拶をする。

 それに対して笑顔で頷いたのは、アールトの方だった。



 マルガレータの後はヴァルトが挨拶をする。

 そしてそのまま挨拶は続くのかと思って周りの生徒が身構えたところで、ヴァルトは「王族を立たせたままなのは失礼ですね」と担任を促す。

 挨拶が始まったのはクスタヴィのせいなのだが、それこそ他国の王族には言えない。


「席は後ろの……」

 担任が用意した二席を指し示したところで、「ここ! 空いてます!」と空気を読まない声が教室内へ響いた。

 新しく用意した席以外に本日空いている席など一つしかない。

 手を上げたうえに立ち上がったサンナが自分の隣の席を指差していた。


「いや、そこはアルマス殿下の席ですからね」

 担任がサンナの言葉を否定する。

「えぇ、でもアルマス様って最近お休みだしぃ、サンナひとりで淋しいしぃ、それにアルマス様とアールト様って兄弟なんだから、別に良いでしょぅ?」

 それでも納得しない担任へ、サンナは「そうだわ!」とパンッと手を打ち鳴らす。


「じゃあ、二人の席を私の後ろにしましょ? 他国の王族をもてなすのは王太子の婚約者としては当たり前だしぃ」

 初めから本命はこちらだったのだろう。自分の周りを王族の身目良い男子で固めたいのだ。



 色々言いたい事が満載なサンナ説明に、皆がグッと口を引き結ぶ。

 婚約者では無いが、恋人なのは間違い無いので、ここでサンナの機嫌を損ねて後々王太子に責められるのはごめんだからだ。


 しかし、そのおかしなサンナの主張を、否定出来る人物が一人だけいた。

「今、王太子の婚約者の席は空席のはずです。国王陛下が認めていない婚約者など有り得ないのですよ」

 同じ王族のアールトである。


「それに僕と兄の関係を知らない貴族がいるとは思いませんでしたよ」

 王族らしい笑みを浮かべたアールトは、絶対零度な視線でサンナを見ていた。



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