第11話:理不尽




『……って、ことがあったのですよ』

 学園内に居る間、姿が見えないと思っていたら、どうやらティニヤは王城へ行く王太子へくっついて行ったようだった。

『前回もそうやって王太子を教育してくれれば良かったのですわ!』

 怒りを露にするティニヤは、王太子に婚約破棄され、その後に決まった第三王子との婚約を解消され、王太子の側妃されたのだ。


 マルガレータは同情してから、それは自分に訪れるはずだった未来だと気付き、苦虫を噛み潰したようなおもちになる。

 それにしても、とマルガレータは空いている王太子の席を見た。

 横には、所在無さげにサンナが座っている。


「殿下は牛娘を正妃に据え、わた……婚約者と婚約破棄をしたのよね? 今回は私のとの婚約解消を怒っているのはなぜかしら?」

 当然の疑問をマルガレータは口にする。

 彼にとっては、手間が省けただけのはずなのだから。


『自分からするのは良いけど、相手からされるのは許せないのかしらね』

 ティニヤが首を傾げながら答える。実際のところ、ティニヤにも理由は判らない。

『それかが婚約破棄をされたのは卒業式でしたから、この頃にはまだ貴女と婚姻するつもりだったのかもしれません』


 余りにも自分勝手な理由だが、それが間違っているとは思えなかった。




 婚約解消が公示され、王太子が国王に叱責された翌日。

 マルガレータが登校すると、既に王太子が教室に居た。いつもくっ付けているサンナの姿も無い。

 いぶかしみながらマルガレータが自席へ向かうと、王太子が近寄って来た。


「マルガレータ!」

 当然のように名前を呼ぶ王太子に、マルガレータは返事をせずに振り返る。

「リエッキネン侯爵令嬢です、王太子殿下」

 名前呼びをされる関係では無い、と意思表示をする。

「うるさい! マルガレータ! 俺は婚約破棄など認めないからな」


 王太子が認めようと、認めまいと、既に婚約は解消されている。

 王太子が権力を盾にしようと、更に上の権力者である国王が認めているので、意味は無い。

「リエッキネン侯爵令嬢」

 マルガレータはもう一度、呼び直しを要求する。

 話をするのならば、まずそこを直さないと進まないのだと、強固な姿勢を崩さない。


「王太子の婚約者にしてやったのに、何が不満なんだ!」

 あくまでも呼び直しをしたくないようで、王太子は話を進め始める。

 しかしここで折れてはずっと名前呼びになる、と理解しているマルガレータは、話に反応せず、ただジッと王太子の瞳を無表情で見つめた。



 いつも笑みを浮かべて、自分の横に居た女。

 もしかしたら少し頭が足りないのだろうか? と疑った事もあるくらい、いつも微笑んでいた。

 それが厳しい王子妃教育によるものだなどと、王太子は気付きもしない。


 今までに無い強い視線を向けられ、王太子は息を飲んだ。

 予想していてた反応と違うからだ。

 マルガレータの表面しか見ていない王太子は、サンナとマルガレータを同列で見ていた。


 要は自分の思い通りに動く人形である。

 しかもその根底にあるのは、自分への好意だと。



『王太子妃教育さえ始まっていなければ、私もこのボンクラの言いなりにはなりませんでしたのに!』

 もしもティニヤが扇を手に持てるのだったら、間違い無くへし折っていただろう。それくらいの怒りだった。

 王太子妃教育が始まっていたら、マルガレータも婚約解消は出来ず、今までのように微笑んで、王太子の傍に居なければいけなかったのだろう。



 王太子に不利な状況になりそうだったら、そうならないように裏から手助けをしなければいけない。

 王太子のする事、言う事を否定してはいけない。

 もしも間違っていたら、正しい方向へ誘導しなければいけない。王太子の自尊心を傷付けないように、細心の注意をしながら。

 自分の手柄は、全て王太子に譲る事。



 これは、王太子妃教育の最初に教えられた事の要約だった。この心構えを聞いた日、ティニヤが現れたのだ。

 王太子妃はきさきであって、侍従では無い。

 しかしこれを聞くだけでも、普通の夫婦関係と違うのが解る。


 目の前で自分を理不尽に非難する王太子を見つめながら、マルガレータはティニヤから聞いた自分の未来である、ティニヤの過去の話を思い出していた。


 王太子がサンナを正妃にしたが、サンナはとても王太子妃が務まるような人物では無かった。

 そのツケが未来のマルガレータへ回ってくるという、ふざけた内容だった。



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