第10話:破棄か解消か




 何も言わずに、ただ自分の為だけに存在している、使い勝手の良い女。

 それが王太子アルマスの婚約者マルガレータに対する認識だった。

 だから、入学式の日にサンナが自分に必要以上にくっついてきても、その日のうちにただならぬ関係になっても、マルガレータならば黙認すると確信があった。


 翌日、マルガレータを迎えに行く前にサンナを先に拾ったのも、アルマスがサンナの体が忘れられなかったからで、マルガレータならば目の前で何をしても笑って許すと思っていたからだった。


 王太子には、側妃を迎える権利がある。

 女性関係にいちいち目くじらを立てないようにと、教育もされているはずだから大丈夫だとの慢心もあった。


 その為、マルガレータがサンナを見た途端に踵を返して屋敷に戻って行った事に、アルマスは酷く驚いたし、裏切られた気分だった。

「マルガレータ! どこへ行く!」

 アルマスが呼び掛けても、マルガレータの足が止まる事はなかった。



 置いて行くか、謝りに来るのを待つか。迷っている間に戻って来たマルガレータを見て、アルマスはやはり、と馬鹿にしたように笑い、次に怒りをぶつけようとしたが、それは叶わなかった。

 アルマス以上に怒りを湛えたリエッキネン侯爵がマルガレータと共に現れたからだ。


 そしてそこでリエッキネン侯爵と王太子が言い合いをしている時、サンナが顔を出した。胸元をはだけさせて。

「もう何ですかぁ。早く行きましょうよう」


 もうアルマスは、リエッキネン侯爵の顔を見る事が出来なかった。




「お前は、婚約者以外の女生徒と、密室に二人きりでいたらしいな」

 学園から帰ったアルマスは、有無を言わせず国王である父親の前に連れて行かれた。

 そしていきなり、サンナの事を責められたのだ。

 焦ったアルマスが何か言い訳をする前に、更に畳み掛けられる。


「婚約者のリエッキネン侯爵令嬢とは、良い関係を築けているのか?」

 今度の問いには、アルマスは笑顔になる。

「当然です! 彼女は私の為に、自分の立場をわきまえているくらいですから!」

 アルマスは、本気でそう思っていた。


 学園でマルガレータが自分に近付いて来ないのは、サンナと自分の関係を認めて邪魔しないようにしているからだ、とそう都合良く考えていた。




 入学式以来、婚約者のマルガレータや恋人のサンナに遠慮していた女生徒達が、また馬車まで殺到してきていた。

 良い気分でいたアルマスの耳に、不穏な台詞が聴こえてきた。

「婚約を、壊す?」

 マルガレータとの婚約を、サンナが壊したのだと、しかもそれが公示されていると、腕に絡みつく女生徒は言っていた。


 授業そっちのけで王城へ帰って来たアルマスは、許可も取らずに父親の執務室へと駆け込んだ。

「父上! マルガレータとの婚約が破棄されたとは本当ですか!?」

 扉を開けると同時にアルマスが叫ぶ。


 室内に居た国王と側近達は、突然飛び込んで来たアルマスを見て驚き、そして一様に深い溜め息を吐き出した。



「破棄では無い。解消だ」

 冷たく言い放ったのは国王で、既に視線はアルマスではなく手元の書類だ。

「俺の同意が無いのだから、破棄でしょう!」

 叫んだアルマスに、ゆっくりと国王の顔が上がっていく。

 そこにあったのは、父親では無く、国王としての顔だった。


「なぜ、お前の許可が必要なのだ」

 冷たい声に、一瞬怯んだアルマスだが、すぐに気を取り直す。

「なぜも何も、俺の結婚ですよ?! 当人の意見が一番大切でしょう!」

 アルマスの主張に、国王の側近達の口から馬鹿にしたような溜め息が漏れる。


「この結婚は、家と家の契約で、お前の意思は関係無い」

 国王に断言され、アルマスは言葉に詰まる。

「それに個人の意見だと言うのなら、お前の相手はリエッキネン侯爵令嬢ではなく、ウーシパイッカ伯爵家の娘だろう」


「え?」

 まさかバレていないと思っていたのか、アルマスは分かり易く動揺した。

「不貞行為をしておきながら、婚約解消には文句を言う。そのような男を、誰が支えたいと思うものか」

 リエッキネン侯爵家が婚約解消を願ったのも、当然だと国王は言う。


「し、しかし俺には側妃を娶る権利が」

「側妃を勝手に決められるわけがなかろう! 正妃の家との派閥や、本人の力量、家だけでなく家門まで調べてから決めるものだ!」

 そんな事も知らんのか! と、国王に叱責され、王太子は言葉を失う。


 正妃は国に決められてしまう為、側妃は自分の好きに決められるのだと本気で思っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る