第9話:公示
「婚約解消おめでとうございます」
ヨハンナが開口一番、笑顔で祝福の言葉を口にする。
「ありがとうございます」
応えるマルガレータも、満面の笑みである。
「おめでとう。僕の助けは要らなかったみたいだね? 残念」
同じように笑顔でヴァルトが話に加わる。
場所は校舎の入口付近で、他の生徒も通る場所である。
婚約解消が成立し、すぐに各機関の公示板へと掲示された。
重要な部署へは、別に連絡も行った事だろう。
突然の公示に驚いた家門も多かったが、すぐに年頃の娘がいる伯爵家は行動に出た。
王太子の新しい婚約者になる為に、王宮へ釣書を送り、娘には王太子へ近付く事を命令した。
その命令を受けた令嬢達が溢れていて、校舎の入口は大混雑をしている。
マルガレータ達三人は、その人波が居なくなるのを待っていた。
遠くから、喧騒が近付いて来る。
入学式の時と同じ現象に、マルガレータは思わずヴァルトの顔を見上げてしまう。
同じ事を考えていたのか、ヴァルトもマルガレータを見ていた。
「ウーシパイッカ伯爵令嬢が体当たりをしてきそうですわ」
マルガレータの言葉に、ヴァルトは声を出さずに笑った。
人垣が喧騒の方へ動いたのを見計らい、三人はさっさと校舎の中へと入って行く。
廊下や他の教室がいつもより人が少ないのは、気のせいでは無いだろう。
それでも自分達の教室がいつも通りで、三人は何となくホッとした。
今日も立派な乳を王太子に押し付けながら、サンナは歩いていた。
自領の運営だけで過ごしているウーシパイッカ伯爵家は、王宮や各部門に
今も王都へはサンナだけが来ており、両親も兄も領地に居る。
だから、突然王太子の周りに女生徒が集まりだした理由が、サンナには解らなかった。
「王太子殿下、今日はワタクシと一緒に昼食を食べませんか?」
サンナとは逆側の腕に、一人の令嬢がスルリと腕を回す。
サンナ程の巨乳ではないが、顔はサンナよりも華やかで美人である。
「ちょっと! 誰よアンタ」
サンナが反対の腕に絡まる令嬢を威嚇すると、相手の令嬢も挑戦的な笑顔で対抗してくる。
「私は、伯爵家の令嬢ですわ。アナタ、侯爵令嬢じゃなかったんですってね」
騙されたわ、と鼻を鳴らす令嬢は、サンナへの敵意を隠しもしない。
「だから何? 私がアルマスの恋人だって事は変わりないわ!」
「恋人? リエッキネン侯爵令嬢との婚約を壊しておいて、いい気なものね!」
伯爵令嬢がサンナに言うと、王太子の体がビクリと揺れた。
「婚約を、壊す?」
王太子が伯爵令嬢を睨むように見る。
その怒りの滲んだ表情に、思わず伯爵令嬢が腕を解いて
「あ、申しわけ……」
「待て。それは俺とマルガレータの婚約の事を言っているのか!?」
サンナを振りほどいて伯爵令嬢の両肩を掴んだ王太子は、その手にグッと力を入れた。
痛みに顔を顰めながらも、伯爵令嬢は何度も頷く。
「き、昨日、王宮で公示板に掲示されていたと、
だから、王太子を誘惑しろと言われた事は、勿論黙っている。
「本当か?」
王太子は、周りに集まっていた他の令嬢へと問い掛けた。
「私もそう聴きました」
「はい」
「私も同じく」
周りの女生徒達は、戸惑いながらも全員同じように頷く。
「どういう事だ! 俺は何も聞いていないぞ!」
いきり立った王太子は、
置いて行かれたサンナとその他の女生徒達は、ただその背中を呆然と見送っていた。
「あら? 今日は殿下はお休みなのね」
授業が始まるギリギリの時間に一人で教室へ入って来たサンナを見て、ヨハンナはマルガレータにこっそりと耳打ちする。
「婚約解消になったので、今まで以上に仲睦まじい姿が見られると思いましたのに」
王太子への嫌味を込めてマルガレータが返すと、ヨハンナは「あれ以上?」とやはり嫌味を込めて返す。
同級生達はさすがに、マルガレータが本物の婚約者だった事を知っている為、口の端を持ち上げるだけで、
サンナに聞こえるほどの声量では無かったが、マルガレータを中心に広がる居心地の悪い空気をサンナは感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます