第8話:誤解と評判




 小規模な茶会には参加していたが、本格的な社交はまだ行っていなかったマルガレータ。

 王家へ入る為の教育は王太子妃教育が始まる前でも厳しいもので、社交に割く時間も限られていたからだ。

 それでも数少ない社交で知り合ったのがヨハンナだった。


 サンナは淑女教育が済んでいないのか、社交へは顔を出していなかった。

 子供の社交とはいえ、本格的な社交には礼儀作法が求められるのである。


『王太子はあの手に余るちちと身持ちのが気に入って、他の令嬢に無い礼儀のを「国民に寄り添っている」と曲解するのよね』

 そういう家系なのよ、と馬鹿にしたように笑うティニヤを、マルガレータは複雑な気持ちで見つめる。



「別に王太子がどう思ってようと良いのよ。ただ、あの牛娘が私だと思われているのが嫌なの」

 高位貴族との茶会にしか参加しなかったマルガレータと、社交に一切参加しなかったサンナ。


 今の公爵家には、王太子と同年代の女生徒はいない。侯爵家はマルガレータとヨハンナだけである。

 男子生徒は公爵家はヴァルト、侯爵家にも一人いるが、他国の学校へ留学中でこの学園にはいない。


 学園を卒業してしまっている三歳以上離れた女性は数人いるので、社交で会っていたのはそちらの人達になる。


 社交での面識の無い伯爵位以下の貴族子女は、王太子の横に居る人は婚約者である、と誤解したのだろう。

 そう誤解されるような行動をした王太子に問題があるのだが、それが婚約解消の理由になるのかは判らない。




「ねぇ、アルマス様ぁ。私、お城に行ってみたいなぁ」

 人の目が多い食堂で、サンナが王太子にしなだれ掛かりながら、甘えた声を出す。

「そうだな。そろそろサンナも城に部屋を作っても良いかもな」

 王太子の言葉に、食堂内の皆が耳をそばだてた。

 無論、マルガレータも。


 マルガレータも一応、部屋を持っている。王子妃教育の休憩時間に使っていた。

 外交などの公務を始めるようになると、その部屋に泊まるようになる。

 その為、城に個人の部屋を作るという事は、王家公認になる、という事である。

 それを学園の食堂で、王太子が認めたという事は……?


「これは、完全な婚約解消案件ですよね」

 マルガレータがボソリと低い声で呟く。

『そうですわね。これだけ周りに証人が居ますので、言い逃れはできませんわ』

「僕がシエヴィネン公爵家の名にかけて、証人になるよ」

 ヴァルトの突然の宣言に、マルガレータは王太子を見ていた視線をヴァルトへ向ける。


「突然どうしたの? ヴァルト」

 ヨハンナが驚いたようにヴァルトを見るが、当の本人は涼し気な顔をしている。

 マルガレータの呟きは、テーブルを挟んだヴァルトには聞こえないはずだった。

 それならばヴァルトはティニヤの言葉に反応した事になるが、ティニヤの声はマルガレータにしか聞こえないはずである。


 ヨハンナの問いに、ヴァルトはこっそりと王太子とサンナを指差した。

 それで納得したヨハンナを見て、自分があの二人を注視していたから、ヴァルトが気を遣って「証人になる」と言ったのだと、マルガレータも無理矢理納得した。




 帰宅後、マルガレータは学園の食堂での事を父親であるエーリクに報告をした。

 嬉々として話しそうになるのを、王子妃教育の賜物でグッと抑え込む。


「大勢の前で王城への部屋を約束したのならば、それは婚約者と認めたようなもの。確かにこれは、婚約解消しても良いだな」

 エーリクもマルガレータの話を聞いて、婚約解消に問題は無いだろう、と太鼓判を押した。



 そして翌日。マルガレータが学園に行っている間にエーリクが王城の国王の所を訪ね、婚約解消の手続きを済ませてきた。

 影からの報告でも、王太子がウーシパイッカ伯爵令嬢の部屋を王城へ用意すると言っていた事が証明された為、王家側が拒否する事は出来なかった。


 婚約が解消になった事は、大々的に公表された。

 本来は婚約の解消は瑕疵かしになるので、秘密裏に行われる事が多い。

 しかし今回はリエッキネン侯爵家側の強い希望があり、公示されたのだ。

 理由は明白。


 王太子が学園で侍らせているのが、マルガレータ・リエッキネンでは無い、と皆に認識してもらう為である。

 それにより、マルガレータは落ちた評判を回復させ、王太子は評価を下げた。


 元々マルガレータは他人サンナの評価であるし、王太子は自業自得である。



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