第12話:無駄な事




 マルガレータは、無表情で王太子を見つめていた。

 さすがに不敬になるので口には出来ないが、心の中では「婚約者になりたいと思った事は無い」と思っていた。

 侯爵家に生まれた者として、高位貴族として、王太子、いては国王を支えて国を良くしていかなければ、との使命を持ってはいた。


 だから王太子との関係を良くしようと思い、今までは笑顔で色々と我慢をしていた。

 小さい頃からの付き合いで、自分の意見や行動を咎められると、逆に意固地になると知っていたからだ。

 成長して心身共に大人になり、理性が本能を抑えられるようになったら、関係改善をしようと思って……結局無理だった。

 今もそうである。


「な、なんだその目は!」

 無言無表情でマルガレータが見つめていたからだろうか。王太子がひるむ。

「婚約者だからって、いい気になってんじゃ無いぞ!」

 王太子の台詞を聞いて、マルガレータは溜め息を飲み込んだ。

 彼の中では、まだ婚約解消はされていないらしい。



「王太子殿下? 朝から何を喚いているのです?」

 皆が固唾を飲んで見守っていた中、声を掛けてくる強者がいた。

 柔らかい笑顔なのに目が笑っていないヴァルトと、完全に貼り付けた笑顔のヨハンナである。


「廊下まで声が響いておりましたわ」

 ヨハンナがわざと呆れた物言いをして、王太子の神経を逆撫でする。

 廊下にまで声が響いていたのは嘘では無い。

 だから王太子を怒らせて、更に評判を落とそうとしているのだろう。

 もっとも、既に王太子の評判は底辺に近いが……。


 しかしさすがの王太子も、リエッキネン侯爵家、シエヴィネン公爵家、イカヴァルコ侯爵家の三家に喧嘩を売るのはまずいと気付いたのか、挑発には乗らずに口を閉じた。

 盛大な舌打ちをして、自席へと戻って行く。

 ティニヤの言っていた通り、ヴァルトを敵視し避けているのかもしれない。


 その時、丁度サンナが登校して来た。

「もう、アルマス様ぁ。何で今日は迎えに来てくれなかったんですかぁ? サンナ、遅刻するかと思いましたぁ」

 甘えた声で怒るサンナを、マルガレータ達三人だけでなく、その場に居た生徒全員が呆れた表情で見る。


「あの方、前は普通に「私」と言ってましたよね?」

 ヨハンナがこっそりとマルガレータへと囁く。

「名前呼びの方が殿下の反応が良いのでは無いですか?」

 マルガレータは興味無い、とばかりに視線を自分の荷物へと移す。

 いきなり王太子が因縁をつけて来た為に、まだ鞄から荷物を出していなかった。




 その後は問題無く授業を受け、マルガレータは帰路に着いた。

 その馬車の中で、ティニヤは口を開く。

 馬車の走行音がある為に、ここが会話をしていても一番他人に知られない。


『さっさと牛娘と婚約して、さっさと皆に見限られて、アールト殿下に王太子を譲れば良いのです!』

 ティニヤが腕組みをしながらふんぞり返る。とても偉そうである。

「アールト殿下……第二王子ですね。二つ下で、確か婚約者が隣国の公爵令嬢でしたよね」

 マルガレータの問いに、ティニヤは頷く。


『優秀過ぎて国が荒れる心配が有るからと、今は隣国へ留学へ行っていますのよ』

 長期留学をしている間に隣国の第二王子と仲良くなり、それが縁で隣国の王子は短期留学に来る。そしてヨハンナと恋に落ちるのだ。更に隣国での反逆に加担し、アールトは命を落とす。


 処刑ではなく、戦いの最中の死亡では有るし、アールト自らの意志で参加したものなのだが、それにより隣国との関係が微妙になるのは当然だった。



 もしも第二王子に婚約者がいなければ、第三王子では無く、彼と婚約していただろう。

 そうすれば、隣国へと行けたのだろうか。

 そこまで考えて、ティニヤは自嘲する。

 そのような仮定の話は、既になので意味は無い。


 しかし考えれば考えるほど、こちらの王太子がボンクラだった為に、二つの国が荒れる事になったのである。

 せめて凡庸ぼんようくらいでとどまっていれば、結果は違っただろうに。

 ティニヤは意味が無いと解っているが、明日は王太子を殴ってやろうと密かに心に決めた。



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