第6話:悪女と愚女




 入学式が終わり、マルガレータは早々に帰路に着いた。

 馬車が別でも、あの牛娘の屋敷に連れて行かれる可能性がゼロでは無かったからだ。

 因みに牛娘はサンナ・ウーシパイッカ伯爵令嬢という名前だと、入学式前の自己紹介で知った。


 サンナはおらず、代わりに担任教師が名前だけを言っていたのだが……マルガレータは笑いを堪えるのに苦労した。

 ウーシパイッカ伯爵家の起源は、他国なのかもしれない。それにしても『牛娘』とはよく言ったものである。


「どうしたの? 難しい顔して」

 マルガレータは、前にティニヤに声を掛けた。

『あぁ、いえ……。私の記憶の中では、ヨハンナ様の婚約者は王弟だったのですわ』

「え?」

 先程ヨハンナは、改めてヴァルトの事を実は婚約者だと紹介してきた。


 但し、お互いに煩わしい結婚問題を避ける為の婚約なので、いつでも解消するつもりなのだと笑っていた。

『あの場では言えなかったけど、ヨハンナ様は来年留学してくる隣国の第二王子と恋に落ちるのよ。勿論、何も無いけど……』

 そこでティニヤは言葉を濁してしまう。


 まるでその時の為に婚約しているかのようだ、とティニヤは考えていた。

 マルガレータには言えなかったが、その後ヨハンナとの恋が原因で、隣国で反乱が起き、ヨハンナは「傾国の悪女」と呼ばれるようになる。

 何もしていないのに「悪」とされてしまうのは、マルガレータもヨハンナも同じであった。




 翌日、王太子はマルガレータを迎えに来た。

 サンナを連れて。

 馬車に行き驚いたマルガレータは、そのままきびすを返した。

 これはティニヤも知らなかったようで、同じように驚いている。


「マルガレータ! どこへ行く!」

 後ろから王太子の声が呼び止めるが、マルガレータの歩みは止まらない。

「お父様を大至急呼んで来てください」

 戻って来たマルガレータに驚いている執事へ、マルガレータは声を掛けた。



 五分と経たずに、父のエーリクを連れて戻って来た。

「マルガレータ? 学園へ行ったのでは無かったのか?」

 少し息が上がっている父親に申し訳無いと思いながら、マルガレータは外を指し示した。


 マルガレータを追うか、置いて行くか迷ったのだろう。馬車の前では、王太子と馭者が話をしていた。

 マルガレータが戻って来た事に口の端を持ち上げた王太子は、その後ろにエーリクが居る事に気付き狼狽うろたえる。


「突然申し訳ありませんな、王太子殿下。マルガレータから何やら問題が起こったと聞きまして」

 エーリクが声を掛けると、王太子は「何も無い!」と大声で叫ぶ。

 やましい気持ちは、一応あったようだ。



「もう何ですかぁ。早く行きましょうよう」

 その時空気を読まず、馬車の窓を開けて顔を出したのはサンナだった。

 マルガレータにとっては最高の、王太子にとっては最悪のタイミングだった。


 サンナは昨日と違い、体に合った制服を着ていた。しかしボタンは第二まで開けられて乱れている。

 馬車の中でナニをしていたのだか……マルガレータの目が細まる。

 軽蔑の眼差しとは、こういうものを言うのだろう。


「マルガレータ、今日からうちの馬車で行きなさい。王太子殿下、この事は陛下へ報告させていただきます。よろしいですね?」

 いなやなど言えるはずもなく、王太子の顔色が蒼白へと変わった。




 学園からマルガレータが戻ると、すぐに執務室へ来るようにとの父親からの伝言を、執事から言われた。

 エントランスで言われたという事は、本当にすぐなのだろう。

 着替え後で良いのならば、部屋で言われるはずである。


「お父様、マルガレータ帰りました」

 ノックと共に声を掛けると、「入りなさい」との返事が聞こえてくる。

 ソファに座るようにうながされ、マルガレータは素直にそれに従った。

 執事にお茶の準備を頼んでから、エーリクもソファへ座る。


 ソファに座ったエーリクは、前に座るマルガレータを見ずに、下を向いたままだ。

 はあぁ、と大きく息を吐き出し、顔を両手でおおってしまう。

「お父様?」

 それは執事に言われたメイドがお茶を持って来るまで続いた。



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