第3話:接近遭遇
入学式当日。
王太子に先に行くと言ってしまった手前、予定時刻の30分前にマルガレータは屋敷を出発した。
特にやる事も無いので遠回りをして学園に向かう。
ティニヤの実家であるシエヴィネン公爵家の前も通った。
ティニヤの話を信じるのなら、マルガレータと同年代の彼女の曾祖父が居るはずだが、当然その姿を見る事は出来なかった。
『この頃の方が緑が多くて素敵ね』
シエヴィネン公爵の屋敷の前を通った時、ティニヤがポツリと呟く。
「未来では違うの?」
三代も先ならば大分違うだろう、とは思ったが、マルガレータは敢えて聞いたようである。
『外から見える所に祖父と父の銅像が建てられていたわ。それから大きな噴水も』
ティニヤの右手がスッと上がり、建物が在るであろう方向を指差す。
敷地が広い為、まだ公爵家の周りを走っている状況である。
『立派な邸宅を自慢したいからと、大きな木は切り倒され、低木ばかりが植えられていましたわわね』
今の公爵家は、門からしか建物が見えない。他は大きな木が囲っているからだ。
「隠すのも貴族の美学なのに」
マルガレータが溜め息を吐くと、ティニアも本当にね、と同意する。
元は同じ人物なので、そこに
「大きな木は育つのに時間が掛かってるのに、勿体無いわね」
それから暫く、二人は無言でシエヴィネン公爵家の木々を眺めていた。
遠回りにも限界があり、予定時刻の15分前には学園へ着いていた。
入学式しか予定が無い為、鞄も持っていない。
どうしようかと建物の入り口で迷っていると、突然誰かにぶつかられた。
「何、突っ立ってんのよ! 邪魔よ、邪魔! 私を誰だと思ってんのよ」
どこの
はだけたジャケットに完全に胸がのっており、ブラウスもピチピチで、どう見てもサイズが合っていない。
貴族の制服は全てオーダーメードである。
成長期できつくなったにしても、無理がある。
マルガレータの視線が胸に注がれているのに気が付いたのか、女生徒は胸を張り、更にマルガレータの胸元を見て鼻で笑った。
その口元が「ひんにゅう」と動く。
『
マルガレータが怒る前に、ティニヤが先に怒り出した。
相手を知っているからだろう。
そして予想通り、この女生徒が【巨乳牛娘】だったようである。
その時、馬車の降車場所の方がにわかに騒がしくなった。
「アンタなんかに構ってる場合じゃ無かったわ!
女生徒がマルガレータを突き飛ばして走って行く。
よろめいて壁にぶつかったマルガレータは、そのままの姿勢で茫然とその背中を見ていた。
「え? 伯爵家の令嬢なのよね? 元は下町育ちの庶子とかなの?」
マルガレータがティニヤに問う。
「いやぁ、あれでも生粋の伯爵令嬢でね。なぜああなったのか、伯爵家でも首を傾げているよ。親戚の僕もね」
答えは上から振ってきた。しかし、それはティニヤからでは無い。
「大丈夫かな?」
まだ壁に
『シエヴィネン公爵家の令息よ!』
ティニヤが男子生徒の正体をマルガレータへ教えた。
お互いに自己紹介をして、喧騒から離れるように教室へ向かう。
クラス分けと学園内の地図は入学前に連絡が来ているので、問題無く教室の場所が判るのだ。
ティニヤの曾祖父はヴァルト・シエヴィネンと名乗った。第一印象は爽やかな好青年だったが、屋敷の大木を伐採して自分の銅像を建てるような息子を育てあげる人物なので、油断は出来ない。
「ティニヤには何か記憶に無いの?」
ヴァルトに聞こえないように、マルガレータはそっとティニヤに問うが、首を横に振られてしまった。
『前はこの出会いも無かったですし、学生時代は個人的に挨拶した事すら無かったですわ』
確かに王太子と登校していたら、ヴァルトとは会わなかっただろう。
そして今までのマルガレータならば、王太子を介して紹介された男子生徒以外との交流はしなかったかもしれない。
机に置いてある名札を見て席を探している振りをしながら、マルガレータはヴァルトを観察していた。
王太子は茶髪に青眼なので、ヴァルトは本物よりも王子様らしい容姿をしている。
大抵の絵本や物語の王子様は金髪に青眼だからだ。
『ヴァルトは王太子の側近候補だったのに、結局選ばれなかったらしいの。今思えば、必要以上に彼を敵対視していた気がします』
「え? シエヴィネン公爵令息が?」
『いいえ。王太子の方よ』
「は? なぜ?!」
思わず大きな声になってしまい、マルガレータは慌てて口を手で塞いだ。
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