第2話:家族




 入学式の一週間前。

 突然マルガレータの態度が変わり、家族も使用人も戸惑っていた。

 あれだけ「殿下をお支え出来るように頑張るの」と言っていたのに、「学業を優先したいので、王太子妃教育はお休みさせていただけないか、王妃陛下に頼みたいのです」と言い出したのだ。


「学業と両立させると言っていたでしょう?」

 母親のマティルダは、困惑した様子を隠さずに娘へと問う。

 昨日までのマルガレータは、王太子妃になる事を誇りに思い、やる気に満ちていた。


「よく考えましたら、学園を卒業したら自由時間など一切無いのです。私もお友達と過ごす時間が合っても良いと思い直しました」

 にこやかに微笑むマルガレータは、淑女教育をきちんと実践出来ている。


「そうね。今の王妃陛下も、結婚前に王太子妃教育が終わったわけではなかったわね」

 マティルダは視線を落とし、溜め息を吐き出した。

 現王妃と学友だった為に、変に対抗意識を燃やし、王太子妃の重責を感じていたのはマティルダの方だったのかもしれない。

 娘を完璧な王太子妃として育てるのだ、と気負っていたようだ。


「王妃陛下には、私の方からお願いをしておきます。王宮へは通うのでしょう?」

 マティルダの問いに、マルガレータは首を横に振る。

「それでは自由時間が無いと言う意味では、同じになってしまいます」

 かたくななマルガレータの態度が少し引っ掛かったものの、婚約が決まってから一身に頑張ってきた娘の初めての我儘に、マティルダは笑顔で頷いた。




『良かったわ。娘思いの素敵なお母様ね』

 ティニアが静かにマティルダを褒める。

 その様子が今までと違う気がして、マルガレータはティニアを視線だけでそっと見上げる。

 その瞳に心配の色を感じたのか、ティニアは笑って見せて……失敗した。


 中空を見つめてから視線を落とし、ポツリポツリと話し始める。

『私は公爵家の長女だったの。シエヴィネン公爵家。今もあるでしょう?』

 人目が有るので声は出せないが、マルガレータは頷いて肯定する。


『王太子との婚約が決まる前は、後継者の弟優先で私には全然無関心な家族だったわ。婚約が決まったら、今度は悪い意味で過干渉よ。あれをするなこれをするな、勉強しろ、完璧な王妃になれ』

 ふぅ、と息を吐き出したティニアは、口の端を持ち上げる。

『高熱があるのに王太子妃教育へ無理矢理行かされた時は、朦朧とした頭で実は血の繋がりが無いのでは、とまで思ったわ』


 思わず立ち止まったマルガレータは、周りの目も気にせず、ティニアを見上げる。

『王宮から体調不良の時は来ないように、と注意されたら「止めたのに娘が勝手に行った」と罪をなすり付けてきて、その時に縁を切る事に決めたのよ』

 真っ直ぐ前を向いたティニアの顔は、無表情だが淋しそうに見えた。




 入学式の三日前になると、ティニアが突然『思い出した。大変だわ』と言い出した。

 何が大変なのだろうか、とマルガレータが首を傾げると、ティニアが文机を指差す。

『「入学式は早く行く用事が出来ましたので、お迎えは辞退させていただきます」って、王太子に連絡しなさい』

 いきなりな命令だが、マルガレータは素直に机に向かう。

 ティニアがマルガレータの不利になるような事を言うはずが無いからだ。


 丁寧な文章で迎えの断りと、連絡が遅くなった事を詫びる文章を書く。そして個人の封蝋を押し、使用人へ急ぎで王太子へ届けるようにお願いをした。

 更に、入学式には自家の馬車で入学式に向かう事を告げ、その手配もお願いしておく。

 使用人は特にいぶかしむ様子も無く、素直に部屋を後にした。


「ところで、なぜ殿下と別々に行かなくてはいけないのでしょう?」

 当然の疑問をマルガレータは口にする。

 何やら急いでいる様子だったので、先に用事を済ませたのだが、やはり理由は知りたい。



『入学式当日に、巨乳牛娘に誘惑された王太子に付き合って、伯爵家で夕方まで拘束されるのよ』

「え? 誘拐ですか?」

『違います! 王太子は牛娘と部屋で乳繰りあっていて、私は一人で応接室で待たされるのよ。馬車も無いから帰れないし、使用人は牛娘の外聞の為に私だけを帰すわけにはいかなかったのね』


 なるほど、とマルガレータは納得する。

 部屋は違っても、同じ邸内に婚約者が居れば、三人で過ごしたと言い張れるわけである。

 それにしても牛娘と呼ばれる伯爵令嬢は誰なのだろうか。


『急に成長してしまって制服の直しが間に合いませんでした~とか言ってたけど、そんな訳無いでしょう』

 ティニアは自分の胸を両手で寄せて持ち上げる。

 ティニアもかなり大きな胸をしているが、その彼女が巨乳というのだから、更に大きいのだろう。


「あの、私も成長しますか?」

 マルガレータは寂しい自分の胸元を見下ろす。

『大丈夫、美乳になるように指導するわ』

 あまり大きくはならなかったようである。



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