第6話 悪夢喰い猫のムニン

ゴブリンに追い詰められたカリンが、絶望の淵に突き落とされた。

逃げ場を失う。

周囲には血の海が広がり、暗闇が彼女を包み込むとゴブリンの群れがカリンに被さった。

「やめろ!」

カリンは絶望の中で叫んでいた。彼女は手に持っていたナイフを使ってゴブリンに立ち向かおうとするが、抵抗空しく、彼女はめった刺しにされ、光が目から消え、瞳孔は鈍くなり、やがて呼吸が止まった…。

絶望の叫びは闇に吸い込まれ、静寂が広がった。

ゴブリンは彼女を見下し、動かなくなった体を楽しむように舌なめずりし、楽しむように甲高かんだかい声で笑った。

カリンの体温が遠くに行ってしまった。


「行くな。カリン!あーーーー!」パパタローは声にならない声で泣き叫んだ。

ゴブリンの視界にパパタローが入った。今度はパパタローの番だった。奴は右目をえぐったのだ。

「ギャー」

パパタローは右目を抑え、地面に膝をつく。目からの血が流れ落ち、頭は激しい痛みでぐらつき、左目がぼやけていた。ゴブリンたちは彼の苦しみを満足そうに笑い、舐め回した。

「ぐ…うぅ…うわぁぁぁぁぁ!!」

「うわ?」

パパタローが勢いよく上半身を起こした反動で、顔の上にいた小さな真っ白な猫がするりと膝に座った。


「なんだコレ…顔がベトベトだ…。」

「汗…。」

じゃない。白猫に舐め回されていたらしい。

「うげ…。」


「お前のか…。」

「みゃぁ~」呼応するかように白猫がパパタローの顔を見て鳴く。

もう少し悪夢の恐怖感があるかと思ったが全く無く、何だか疲れも取れて清々すがすがしい。

悪夢を見ると清々しくなるのかとパパタローは思いつつ白猫を撫でていたが、自分の手の感じが昨夜と違っていた。手をじっと見て開き閉じを繰り返した。

幼児化していた手が一夜で、大きくなっていた。

そうは言っても3歳が5歳になった感じだが。


「なんで体が小さくなったんだろう?」

「ちょっとは戻ったみたいだけど。」

「にゃぁ?」とパパタローの独り言を理解してるように白猫が首を傾げた。


パパタロー、ベッドの端に座り見回した。

そういえば、客室で気を失ったように寝てしまったのだった。

ふぅと、深呼吸をした。

開いた窓からそよ風がはりカーテンを揺らめいていた。

「気持ちのよい風だ」と、パパタローはせいを噛み締めた。


「にゃぁ」

するりとベッドから降りた白猫が身軽に窓際に飛び移った。

と思いきや壁に足を付けるとそのまま壁をトコトコと歩き、開いた窓の窓際に座った。

「カタリーにゃぁ!客人が起きたのにゃ!」


「……」

壁を歩いたように見えたし、猫が喋った…?


「今、行きますわー。」

猫の呼びかけに外から女性の返事が聞こえた。

しばらくすると、客室のドアが空き、古風なメイド服のカタリーナが入って来た。

すると、窓際にいた猫がカタリーナの姿を見て、嬉しそうに尻尾を振りながらカタリーナの下に行き、カタリーナの体に片足を付けると、そのまま体を地面を歩くように背中を歩き、カタリーナの顔の横から自分の顔を出し、頬擦りした。

「ムニン、くすぐったいですわよ。」

ムニンの足をよく見ると、なんともじわっとした波動のようなものが出ており、その上を歩いていた。魔法陣にも見える。


ん~?あれは何だろう?


「おはようございます。太郎さん。ご気分はいかがですか?」

「…え?あ。えっと。良いです」、ムニンの空中歩行に気を取られていたため、返事が遅れる。

「よかった。」

「?なんだか、昨日より少し大きくなったように見えますわ?」

「そうみえますか。やっぱり…。」

「昨夜抱きかかえた時はなんて、ミルキーな香りで癒やされてしまいましたわ。」

「今日は少し成長されて、《くんくん》太陽の香りですね。」

「ははは・・。そうなんですね。」

「私は加齢臭も大丈夫なので!」


「そうそう!私はカタリーナ・アルベルトです。昨夜は自己紹介どころじゃなかったですよね。」

「私は白洲花しらすか 太郎です。」


「じゃぁ。便乗して僕も名乗っておこう!タロっち。さっきから居る僕はムニン・ソクラテスだよ。人の顔の上で寝ながら哲学を考察するのが趣味さ。まぁ、誰でも良いということじゃないけどね。しかしタロっちのなんとも、言えぬ楽しい寝顔にみえたんだけど、※自分が何も知らないことを知ったね。」


「ははは…」


「ムニン、いけませんよ。また意地悪なことを言ってるのね。※自分自身の目で見、自分自身の心で感じる人は、とても少ないんですよ。」

「パパタローさん。ムニンは悪夢を食べてくれるのよ。」

「そうなんですか。顔が舐め回されてベタベタだったのは、悪夢を食べていたんですね。」

「…いやぁ。」ムニンがバツが悪そうに目をそらした。

「ムニン!また、やったの?」

「てへっ」


何だか違うようだ。


「ところで…。こちらの猫は皆さん、会話されたり、壁歩いたりされるのですか?」

「ムニンちゃんは特別よね。こう見えて夢喰い白猫の種族なの。食べた悪夢は魔力に変わるのよね。」

「そうなのにゃ。パパタローの悪夢は質が良かったから、魔力が溜まって壁まで歩けるようになったよ。」

「はぁ、そうですか…。」

「ところでカリンはどこに?」とパパタローがやっと聞けた。


カタリーナは窓際に行き、指を外に向けました。

「心配しないで。あそこにいるわ。」


「カリンさんは朝早く目覚めまして、何もすることがないというので、クラウスが相手しているんですよ。パパタローさんはよく眠っていたので、寝かせておいてと、カリンさんが言ってましたわ。」

「それにしても、カリンさんの動きは只者ではないですよ。クラウスが押されて見えてしまいますもの。」

中庭では、木剣で一人の男と戦っているカリンがいた。

昨日は2歳くらいだったのに、10歳位になってる。

動きが機敏だ。10歳位だから早いのだろうか。ここに来る前の16歳のカリンの動きとは思えない。

今までの打突回数で比較すると1:10だろうか。

とにかく残像が残っているようにみえ、ブンブンと木剣がうなっている。


「クラウスは、ヴィクター・シルバーハートの御子息ごしそくなんです。

彼の容姿はイケメンであり、かっこよさが際立ちすぎ。頑健な体格を持ち、鍛えられた筋肉と威厳ある雰囲気を備えています。彼の髪は短く整えられ、今日は休日というのに白のシャツとスラックスであった。


カリンの剣は攻撃を目的としない戦術で、クラウスが打ち込んでくる木剣の力を受け流し、相手の隙を突いていた。


宏美ババァ《ははおや》が見たらさぞや喜ぶだろうな。

パパタローは感心していた。


カリンは木剣を構え、クラウスの木剣が振り下ろされるのを見て、瞬時に反応しました。彼女は身体をしならせ、腕を上げて木剣を横に振り、クラウスの攻撃を受け流しました。その一瞬、木剣同士がぶつかる音が響き渡りましたが、カリンはその力を利用して半回転し、クラウスへ反対から打突をしかけた。彼女の動きは滑らかで、まるで風が木々の間を吹き抜けるように美しく、力強さと優雅さが融合しているかのようだった。


一気に上達したな~。

と、パパタローは感心しきっていたが、カリンの右手からじわっとした波動のようなものが出ていた。魔法陣?

どうやら、その波動がカリン全体を包み込み、動く速度を早めているようだと推測した。


今度はクラウスは木剣を片手に持ち、カリンに向かって突進。彼の攻撃は猛烈で、木剣が空気を裂く音が響きましたが、カリンは慌てずに構え、クラウスの攻撃を受け流し返った剣の相手の力に加えて自分の剣の力を回転し肩に叩き付けた。

「やるね」

彼女の身体はしっかりとした姿勢で立ち、クラウスの木剣が接触すると、カリンの身体が微妙に反応し、その力を逃がしていました。彼女の動きは瞬時にして、クラウスの攻撃をかわし、まるで流れるような優雅さを見せつけていた。

「これはこれは美しい剣だ」

クラウスはカリンに打ち込んだ剣が、受け流される技に興味をもったようで、もっと見たいと木剣を打ち込んでいった。


それを見たカタリーナが感嘆した。

「カリンさん、すごい!!あの剣聖 クラウス様の剣を受け流しているなんて。」

パパタローも驚きと感心の表情を浮かべながら、カリンの上達ぶりに目を見張っていました。彼女の技術の進歩について、彼は考えを巡らせました。同時に、クラウスの戦闘力についても興味深く思っていました。


窓際で見ていた猫のムニンが言いました。

「あの娘もそうだけど、パパタローも、印を持ってるにゃ。

あの娘は右手に。パパタローは目の奥にあるよ。魔力が漏れ出てるのがわかるにゃ。漏れ出ているということは制御ができていないということにゃ」

「ちょっと違うにゃ。普段は漏れ出ているという表現が正しいにゃ。戦っている今はは魔法陣をまとっているといっていいにゃ。」


「さっきから魔力という言葉がでてくるのですが…?」

「魔力は大なり小なりこの世界の人は持っているんだにゃ。ほら。」


 ムニンが宙を歩いた。足元には波動が見えた。足を下ろす寸前に波動を発生させている。波動は魔法陣に見えた。


「魔力が無いとどうなるんですか?」

「魔力がないとこの世界では生きて行けないのにゃ。」

「生きて行けないとは、どういうことですか?」

「時々、魔力のない赤ちゃんが生まれるんだけど、健康体ではないんだ。そのままにしておくと死に至るんだ。魔石というものがあって、体内に埋め込むことで死を回避できるというアイテムはあるんだけどね…。」

「免疫とか体力みたいなものかな?病気や健康面では説明がつきそうだけど…。流石に宙は歩けないかにゃ。」


「パパタロー達は魔力を持ってない代わりに、その印が魔力の代わりをしているんじゃないかな。」

「体が小さくなったのはその反動で、時間と共に元にもどっているみたいだし」


「パパタローさん、右目を見せてください。」といってカタリーナが

パパタローの右目を覗き込んだ。


「ちょっと…」

「なんでしょうか。これは。狐をモチーフにしたハートマーク《@・》ですかね?」


カタリーナが、目に書かれている文字を紙に書いてみた。

「こんなのが書かれてるようですが…」

というと、カタリーナが紙とペンをとり書き写しだした。


このけいやくにより、このものをおっととみとめ、わらわのまりょくをかのものにさずける。ふこうになりたくなければ、ゆめゆめじゃませぬよう。


「旧字体のひらがなみたいだな?」


「パパタローさん、読めるんですか?」

「まぁ、平仮名なので…。」

「ん?ということは、俺は誰かといつの間にか結婚したということか?」


「…カタリーナさん?どうされました?」

「パパタローさん…私」と、言って。カタリーナの唇がそのまま迫ってきた。

なになになになになになになになになになになになになになになになに!!

生きてきて30年間まともに、女性と付き合ったことが無いパパタローは呪文のように「なに?」を連呼するのが精一杯だった。とはいえ、見た目は5歳なのに!!


「とぉっ」ムニンが顔に割って入った。


ぼんっ。っとムニンが変身してしまった。

「え?人間!?」

「あれ?僕、パパタローの魔力の放出線を浴びて獣人に進化しちゃったにゃ。」

「なるほどにゃ」


ムニンが腕を組んで考えをめぐらした。

「パパタローが魔物が引き寄せているのかもと思うと合点がいくにゃ。」

「パパタローの印は「魅惑」だね。うちのカタリーナが魅了されちゃったにゃ。」

「あと、普段は魔力制御したほうがいいにゃ。」


「それにしても、人の姿もいいものだにゃ」

と半裸のムニンはシーツを剥がして、体に巻き付けた。

ムニンと話をしていると少し顔を赤らめていた、カタリーナが正気に戻った。

「すいません。私としたことが…※重力にその責任はありませんわ」

分かりにくい言い回しをする人だな…。


「忘れるところでした。

パパタローさんが起きていたら、旦那さまがランチをご一緒したいとのことですが、いかがですか。」とカタリーナが尋ねた。


「ありがとうございます。」

「もちろんです。昨日のお礼したいですし。」


パパタローは窓から見を出し、カリンに叫んだ。

「おーい、カリン!!」

「御主人様からランチのお誘いだ!上手いもん食いたいな~!」


「面白い、小さなお父様ですね。」

パパタローの無邪気な表情を見て爽やかに汗を拭きながら、クラウスが嫌味なく言った。

カリンは恥ずかしそうに笑った。

「父では無いんですけど…」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

「あれ?ムニンなんで人の姿を?」

と、今頃ずれた反応をするカタリーナであった。

「にゃ?」

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