第2話 『世界の半分』辞退しようと思う




「悪いが、そなたのことは事あるごとに観察させてもらっていた。すべての女に拒絶され、それでも仲間と協力しながら前へ進む姿……時に笑い、時に涙しながら観ておった」

「そ、そんなに見られてたのか? それは……超ハズいんですけど」

「数々の苦難を乗り越え、勇者としての物語を今まさにまっとうしようとしている。楽しませてくれた者に褒美を与えたいと思うのは、ごく自然なことだと思うが?」


 やはりというか、魔王アーミティアの他人への感情は不完全で、例えるならテレビで見るタレントやアニメキャラへの感情に近かった。

 人間の価値観とは隔たりがあり、それはある意味当然のことだが、その上で、現代人がドラマやアニメを観るように、アーミティアは人間の愛憎劇を覗き観て過ごしてきた。

 リアリティ強めな少女漫画&レディースコミックをしこたま履修している割に、自分に置き換えることは想像できなくなっている、超耳年増の魔王系女子。それがアーミティアだった。


(待つのは慣れているはずが……こうして勇者ピートの言葉を待つ時間は、とても長く感じられる。何なのだろうな、この胸がザワザワする気分は……)


 ただ、アーミティアは今、恋愛感情とは違う特別なものを感じていた。

 彼女が長い時間ときを生きていなければ……その『特別』に、すぐ気付けたのかもしれない。

 そして、勇者ピート勇者ピートで、ハイスピードでかき回される感情を飲み込めず、長考に入っていた。


(楽しませた褒美……か。何だろう、なんだか残念なようなこの気持ちは。倒すべき敵だったはずの存在を、むしろ今は守りたいと思ってる。ギャグ漫画だな、こんなの)


「まぁ……信じられぬのも無理はないか。どうすれば信じてくれるだろうかの?」


 実際、勇者ピートはもう魔王アーミティアのことを信じている。


(ここで褒美を受け取り、女性に好かれる体質になれば、オレはハッピーエンドか。しかし、彼女は明日からもこの城にひとり籠もり、人間に忌み嫌われ、利用され続ける。オレはそれを知りながら、念願のモテモテライフを満喫するのか?)


 あれだけ夢見ていたというのに、もう、まったくワクワクしていなかった。

 世界の半分、すべての女性を知る可能性よりも……たったひとりの女性をもっと知りたいと、ピートは思い始めていた。


「オレの転生や能力チカラについて、魔王アンタが関わっているわけじゃないんだよな?」

「見て知っている分だけだ。転生関係の事象は……それを司る存在がおるのであろうな」


 念のための確認を終え、ピートはひとり納得したように頷く。

 そして、中学生の頃にした初告白のような緊張感で顔を上げた。


「『世界の半分』は……やっぱり辞退しようと思う」

「……そうか。まぁ、そのくらい用心深い方が人の世で生きるにはちょうどよいであろう」

「そうじゃなくて……別のものに変更して欲しい」

「ほう、むしろ欲が出たか? フフ……肝が据わっておる。申してみよ?」


 魔王の、小さな一喜一憂の表情がどんどん可愛らしく感じられ、ピートは鼓動のスピードアップに戸惑う。


「握手……してくれないか? 左手で」

「握手? 左手? どういうことだ?」

「オレの能力チカラについて、見ていたといっても、それは右手限定の話。左手の効果については……一度も使っていないのだから知るはずがないだろう」


 ジッと左手を見つめるピート。その目はまだ少し迷っているようにも見えた。


「オレの左手には……生涯に一度だけ、握手した相手と自分にとって幸せな奇蹟を起こすチカラがある、らしい。何が起こるかはわからないが、あらゆる摂理をねじ曲げるほどの……」

「なんと、そんなチカラが…………え?」

「アンタには、幸せになって欲しいと思う。いや……なるべきだ」


 死ぬほど照れくさかったが、ピートはなんとかアーミティアの目を見ながら告げた。

 勇者と魔王、それもさっき会ったばかり。

 ピートの中で、これは『愛の告白』ではなかったが、『そうなるなら、それでも構わない』と思っていた。


(自分のことは置いといて、助けたい『誰か』を幸せにできる一度きりのチャンス。大事にとっておいたのは、この時のためだったのだろう。魔王このひとは……オレにしか救えないんだ)


「その判断がどういうことか……わかっておるのか?」

「わかってる、とも言えないかな。何が起こるか保証できないし、なんなら望まない結果だってあり得る」

「生涯に一度きりのチカラなのであろう? よい相手と巡り逢った時に使うべきだと思うが」

「魔王の現状を変えるには、奇蹟というくらいのチカラが必要なはず。その奇蹟は……今、起こすべきだ」


(自分でも、何故ここまで言い切れるのか不思議だ)


「もし、この先オレの人生で、左手のチカラが必要な時が来るなら、その時は自分の持てる力で何とかすればいい」


(それでも、自然に納得している自分がいる。後悔なんてない)


「魔王を相手に何を言っておるのか……まったく型破りな勇者よ」


 呆れるような溜息混じりの微笑みを浮かべながら、アーミティアは生白い左手を差し出した。


「好きにするがよい。私の方こそ、近年は勇者そなたが来るのを楽しみに生きていたのだしな。どのような結果になろうと構わぬよ」


 『命を預ける』に近い言葉を受け、ピートは責任の重大さを実感する。

 そんな真剣な想いももちろんながら、数年ぶりに触れる女性への緊張もあり、その手は生まれたての子犬ほど震えていた。

 そして、長年、異性どころか他人に触れていないのは魔王アーミティアも同じく。


(どうしようか……人間の女と違う、可愛げのない手だと思うのでは?)


 魔王らしく平静を装いつつも、内心ドキドキで手を伸ばす。

 ふたりの手が触れる。

 アーミティアが一瞬ためらうが、ピートの手が男らしくその手を捕まえに行った。


「こ、これで……よいのかの?」

「ああ、そのはずだ」


 普段、ピートが右手の能力チカラを使う時は、握手した直後から手が熱くなり、その熱が直接相手に染み込んでいくような感覚があった。

 そして、握手を解いた頃には、相手の対応はいかにも十年来の付き合いのようになる。

 が……今、左手に変化はなく、魔王のすべすべの肌の感触だけがあった。


「やはり、対象が魔王わたしなことが問題なのでは…………ッ?」


 アーミティアの言葉が終わる寸前、ピートの体全体が一気に発光&発熱した。


「うぐっ……は! い、いッ……!!」

「だ、大丈夫なのか? やはり想定外の効果が……うッ!」


 遅れてアーミティアにも湯気が上がるような発熱。ふたりは手を取り合ったまま膝をつく。

 右手の時とはまるで違う、お互いの生気が流れ込み、混ざり合うような現象が起こっていた。


「ぐあああああッ!! くッ……んぎいいいいッ!!」

「くッ……ピートよ、手を離せ! 苦しみ方が尋常ではないぞ?」

「ダ、ダメだ! やりきらなきゃ……ぐぅうッ!!」


(オーガに、握力計代わりで頭蓋を握られているかと思うほどの頭痛。気を失いそうだ。吐き気どころじゃない、全身の穴から体液が噴き出しそうな苦痛。一体、何が幸せな奇蹟なのか?)


 それほどの苦痛でも、左手の中にある魔王の手の柔らかさが、ピートの意識を引き戻す。

 カッコつけてやる、というチンケな意地も手伝って、歯を食いしばる。


「うおおおおおおお負けるかぁぁぁ――――――ッ!!」


 ピートが叫んだ瞬間、ビシッと石が砕けるような音が鳴り響き、空間が弾けた。


「かはッ…………」


 視界が歪み、真っ暗に。

 ピートはそのまま、暗い闇の中へ吸い込まれていった。

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