「世界の半分をお前にやろう」と女魔王に言われて、勇者として兄としてオレは

茉森 晶

第1話 私の言う『世界の半分』とは……




「もし、魔王わたしの味方になれば、世界の半分を勇者そなたにやろう」


(長かった……長かったな)


 現代の人生を24歳で終え、異世界に転生。

 転生後16歳の頃、生前の記憶が甦り、勇者として覚醒。

 様々な苦難を乗り越え、早8年。


 元・山川桃李とうり、現在のピートは、心強い仲間達3人を連れ、今まさに諸悪の根源たる女魔王アーミティアと対峙。

 決戦ラストバトル直前、最後の対話に臨んでいた。


「『世界の半分をやる』だって? もう、この世界を支配したつもりか」

「フフ……そういきり立つな、勇者ピートよ。少し一対一で話をしようではないか。他の者達は、しばし別室で待っていてもらえぬか?」

「魔王ともあろう者が、一対一でないと戦えないのか?」

「騙し討ちなどせぬよ。話をするだけだ」


 背すじにゾクッと冷たいものが走り、身がすくむ。

 おだやかな口調のアーミティア。その大いなる余裕は、ピートに力の差を直感させた。


(……まだ挑戦するには早かったのか?)


 転生時、彼に与えられたスキルといえば、『右手で握手した相手を十年来の幼なじみレベルにまで信用させる』能力チカラ

 そんな全ボーイズ&ガールズが切望するドリームスキルだというのに、その効果を発揮できるのは同性おとこ限定であった。

 しかも、その能力チカラと引き替えなのか、『異性おんなには無条件に嫌悪される』というデバフ付き。


(一体、何発の理不尽ビンタを受けてきただろうか。夢の異世界転生……ツンデレお姫様やメイドなお姉様とのラブコメを期待していた初日のオレ……あらためて、マジかわいそう)


 とはいえ、彼はこの能力チカラをフル活用し、仲間を得、ここまでやってきた。


「ピート、どうするのだ? 拙者はお主の判断にどこまでもついて行くが」


 マッチョな剣士ダッガは、まっすぐな眼差しをピートに向ける。


「フッ……みんなとなら、闇に堕ちるのもアリかもな」


 小柄で細身の魔法使いハーゼンは、ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべる。


「こんな場面でも軽口が叩ける人の性格が羨ましい……。あ、いや、もちろん僕もピート君に従いますけど……」


 童顔で猫背の僧侶モンクスは、溜息をつきながらもメイスを握り直す。


「みんな、オレを信じてくれて、ありがとう。そうだな……」


(ダッガ、ハーゼン、モンクス、みんな勇者オレを助けてくれるイイ仲間だ。が、ガチムチ&イケメンパラダイスは今日で終わり。ラスボスを倒せば、主人公にかかった呪いやらは解消されるはず。そのはずだ)


 しかし、それは勝利すれば、の話。


(転生前やってたゲームとは違い、この冒険は現実。もし負ければ、仲間達の人生が、オレの私利私欲のために失われるということ。スキルで信用させ連れてきた上に、オレにそんな権利は……)


「お、思えば……魔王本人の言い分を聞いたことはないし、聞く必要もないと思っていたな。しかし、魔王あいてがこういう態度なら、勇者側オレたちが問答無用というわけにもいかないか」


 長い期間、仲間達と行動を共にして、ピートの中で責任感というものが大きくなっていた。

 たとえ、それが偽物の友情だったとしても。


「みんな、聞いてくれ。闇に堕ちる気などないが、戦わずに済む選択肢があるなら、それに越したことはない。が、もしかしたら話術で気持ちを切らすという魂胆かもしれない。このあと予定通り戦闘になることを胸に、準備しておいてくれ」

「……了解だ。くれぐれも油断せぬようにな」

「こいつらの緊張をほぐすために、しりとりでもして待ってるぜ」

「本当に大丈夫かなぁ……。何かあったら、すぐ呼んでくださいね」


 三人の仲間達は頷き合い、魔王の使い魔に促され、傍らのドアから部屋を出て行く。

 勇者ピートはひとつ深呼吸し、魔王に向き直った。


「さて……待たせたな、魔王よ」


 剣を握ったまま、できる限りビビった素振りなど見せないよう、魔王を見据える。


 玉座に腰掛けた魔王アーミティアは、むしろ優しげとも思える微笑みを湛え、勇者を見つめていた。

 アメジストを糸状に紡いだかのような美しい紫の髪。つららを逆さに生やしたような乳白色の角。

 転生してからこのかた不機嫌な女性ばかり見てきたピートにとって、まともに目を合わせてくれる初めての女性は、そんな魔王タイプだった。


「待つのは慣れておるよ。人間達に結界を張られ、私はこの城を出ることはできぬのだからな」


 人類は、魔王が起こす災害や放たれる魔物の被害に悩まされていたが、この世界随一の大国ジャイルス帝国の大魔法により、魔王が城から出ないよう結界を張ることに成功していた。

 それでも、魔王による被害は常にある。が、結界がなければ、もっとヒドいことになっているのだろう、と誰もが思っていた。


「勇者よ、あらためて言おう。私の味方になれば、世界の半分をそなたにやろう」

「それに応じる言葉が発動条件になっていて、勇者オレの力を封じる魔法が発動するとか……?」

「その言葉、裏を返せば『罠でなければ乗ってもよい』ともとれるのう?」

「そ、そんなわけないだろう! 大体『世界の半分』なんて曖昧な分量、現実的な提案とは思えないしな」

「まぁ、正確な配分ではないかもしれんな」


 魔王は玉座から立ち上がり、おもむろに……そう、ゆっくりと……優雅な所作で両手を広げる。

 すると、頭上の空間がぐにゃりと歪み、大きな球状の立体映像が現れた。

 そこには、ピートが過ごしてきた街や村の日常風景が映し出されていた。

 魔王のチカラに怯えながらも、つかの間の平和を噛みしめ談笑する人間達。

 勇者が守るべきものを強調されているようで、ピートは思わず身構えた。


「私の言う『世界の半分』とは……この世の、すべての女のことだ」


(すべての女……? 何だ? 何を言ってる?)


「そなたの持つチカラ……私なら、その対象条件を反転させることができる」

「なん……だと?」


(オレの能力チカラを知っている? 転生を自覚して8年、誰にも話したことはない、はず)


 ピートの動揺は大きかった。

 もし今、発動しているスキルを反転されれば、仲間たちの信用は消失。それはすなわち、戦力の大幅ダウンに直結する。


(ほかに知っているヤツがいるとすれば……覚醒のキッカケになった夢の中で、能力スキルの説明をしてきた妖精みたいな存在ヤツくらいか。神的な存在だと思ってたけど……まさか魔王の使い魔だったとか? おいおい、ずっと手のひらの上で踊らされてた、なんてオチか?)


「目を白黒させておるな。わからないことがあるなら申してみよ」


 ピートは、何を訊いていいのかわからなかった。

 魔王の目的が何なのか、グルグルと頭をフル回転させる。


(対象条件を反転……つまり、握手した女性に信用されるようになる? まさしくオレが求めているチカラだ。『女性に嫌われる』というデメリットの解消を目指し、ここまでやってきたというのに……その先へ行けるというのか?)


 いくら考えても答えに辿り着けず、ピートはドストレートに訊くことにする。


「それが本当だとして……なぜ、こんな交渉を持ちかける? 勇者オレをねじ伏せる自信はあるのだろう。世界を牛耳る魔王として、どういう利点がある?」

「私は世界を牛耳ってなどおらぬよ。人々が勝手に、悪いことが起きればすべて『魔王わたしのせい』と言うだけだ」


 呆れたような、寂しげな笑みを浮かべる魔王アーミティア。

 その深いエメラルドグリーンの瞳は、嘘を言っているようには見えなかった。


魔王わたしという人類共通の敵性対象を掲げることで、国は民をまとめている。まぁ、私が本気になれば、それだけの力はあるゆえ、彼らの判断もあながち間違いというわけではないが」

「そ、それじゃ、アンタは魔物を放つことも災害を起こすこともないっていうのか?」

「軍隊による建前上の攻撃があれば、その時は適当に迎撃しておるがな。この城に籠もらされるだけならよいのだが、そのような芝居までさせられるのは……正直とても迷惑しておるよ」

「ええ…………」


 勇者は絶句した。

 これが真実なら、魔王アーミティアは諸悪の根源という濡れ衣を着せられたあげく、人間社会が円滑に回るために悪役を演じてくれている、ということになる。

 『国民をまとめるため』といえば聞こえはいいが、国民の不満が政府に向かないよう、都合のいい仮想敵としてでっち上げられている、ということかもしれない。


「本当の本当に、魔王は人間に被害を及ぼす存在じゃないのか? それどころか、社会の仕組みのためにひと役買っている?」

「ひと役買っているだなど……結果的にそのようになっておるだけだ」

「いやいやいや、アンタに何の利益がある? 本当の魔王なら、利用された時点で怒り狂って『人間なんて滅ぼしてしまえ』ってなもんじゃないか?」

「それは人間の想像……つまり、人間の心が生み出した魔王ではないか? 利益があるかないか、という価値観も、人間そなたらが決めていることなのだしな」


(困った。返す言葉が見つからない。『ごもっとも』としか言えない)


 ポカンと口を開けたままの勇者に、魔王は穏やかな調子のまま続ける。


「魔王は理不尽に災厄をもたらす存在……そう人間が決めたのなら、私がそれに合わせるべきか? すべては、人間が決めた理屈を前提とすべきか?」

「い、いや……人間が傲慢……なんだと思い……ます」


(嗚呼、オレは今、何故ここにいるのだろう。オレは何故、打倒魔王を目指してきたのだろう)


 魔王の言葉を丸々信じるのも勇者としてどうなのか、というところだが、勇者だからこそ、アーミティアが嘘を言っていないと感じていた。


(あらためて考えてみれば……この魔王は、やはり、この世界の支配者だ。それはもう、イイ意味で。国家が国民のストレス軽減のため魔王を利用しているとすれば……いや、たとえば、自らが引き起こす戦争の被害さえ、魔王のせいにしているとすれば? 悪意をすべて引き受けるこの魔王アーミティアの慈愛によって、人々は生かされている。そう言っても過言ではない)


「ま、待て、待ってくれ。それで、なぜ『オレの願いを叶える』って話になるんだ? 価値観の違いがあったとしても、理由くらいあってもいいだろう?」

「理由……うん、理由か」


 魔王アーミティアは、ふと目を逸らす。

 初めて見せる動揺ともとれる反応。


「今、こうして世界の真理とも言える話をオレに聞かせたのは何故だ? ここまで辿り着いた者全員に話しているのか?」


「そ、そんなことない! 私にとって……そなたは特別だから……」


 ほんのり頬を赤らめ、まるで恋する少女の顔。口調も少し崩れ、まるで別人のよう。


(何だ? この感覚、何か懐かしいような……)


 8年もの間、みっちり異性に嫌われ続けたピートは、もはや、そんな女子の機微を感じとることはできなくなっていた。

 が、だからこそ、アーミティアがうっかり見せた『素』の真実に近付いてしまった。


(そうだ……どことなく、亜美に雰囲気が似てるんだ)


 山川桃李とうりは、歩道に突っ込んできた居眠り運転のトラックに死を与えられ、この世界に転生した。

 さらにその2年前、同じ場所で、同じような事故があった。

 その時、命を落としたのは彼の妹、山川亜美。

 近くに付いていながら妹を救えなかったことを悔やみ続け、2年後、妹と同じ死に方で、桃李は現世での一生を終えたのだった。


 転生して16年、記憶が同期したその瞬間、彼はやっと楽になれた気がした。実際、彼に罪など無いし、こんなにも苦悩する必要などなかった。

 が、彼はその死に納得していた。俯瞰で見れば救いのない悲劇だが、実際に兄妹の死はそれぞれ偶然であり、彼は運命として受け入れていた。

 心残りがあるとしたら両親のことくらいだったが、まだ下にふたりの弟妹がいたこともあり、弟達に任せようと思えたのだった。


(亜美が死んで随分と経った。転生もして、考えることもかなり減ったというのに……久しぶりに会話した女性というだけで、面影を重ねてしまうなんて。やっぱり消えないトラウマってことか)


 時間としては数秒だったが、ピートの心がその場から離れたのを感じ、アーミティアの胸には悔しいような寂しいような感情が生まれていた。

 が、長年、人並みのコミュニケーションもなく、感情の起伏も限られたものだった魔王かのじょには、そんな些細な心の動きも懐かしく心地よく感じられていた。


「この世界に退屈していた私は……そなたが転生してきた時、心が躍ったのだ。勇者としてここまで辿り着き、どのような形であれ私を解放してくれるのは、そなたしかおらぬと思った」


 まるで白馬の王子観を語る夢見少女のように、キラキラの瞳で長年の想いを吐露するアーミティア。

 が、ピートの女性不信の根は深く、肝心な気付きまではあと一歩というところ。

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