第14話 女勇者に花束を!

 それはクエスト終わりのシャドウギルドでのことだ。受付でクエスト報酬を受け取るユウヒの耳に聞き捨てならない噂が流れてくる。

 入れ替え戦を明日に控えているのに女勇者ジュリアン・アーセナルがここしばらく公の場にまったく顔を出していないという——、


「ジュリアン・アーセナルはダンジョン攻略も休んでおるそうじゃ」


 美形ダークエルフからそう聞かされ黒髪青年は青ざめる。勇者にとってダンジョン攻略は最優先の公務だ。それを休むとはただ事ではない。


(まさか……俺のせいか? 俺が彼女の手を出したのが原因なのか……?)


 ユウヒは気が気でない。


「初めての入れ替え戦でプレッシャーを感じてるんすかね?」

「『なにかしらの病気』という噂もあるぞい」

「マジっすか! 病気なら入れ替え戦どころじゃなくないっすか?」

「ふむ。深刻な病状ならばすることもあるじゃろうな」

「じゃあ! あのオークみたいなおっさんが不戦敗で勇者になるってこと?」

「そうなるじゃろうな」

「うげー! おいら嫌だなぁ……セブンブレイズにあんな下衆いおっさんが加わるの。女勇者にはなんとか頑張って欲しいっすね!」


 猫耳青年に全面的に同意である。悪いがオークのようなむさ苦しい大男が新たな勇者など見るに堪えない。

 ジュリアンが勇者でなくなれば幼馴染のエマだって悲しむだろう。なによりもジュリアンには勇者という称号が良く似合う。勇者ではない彼女など想像もできない。 

 

「すまん! 急用を思い出した! 今日の飲み会はパスさせてくれ!」


 クエスト終わりに三人で食事をするのが通例なのだが、こんな話を聞いてしまったらもう居ても立っても居られない。黒髪青年は仲間に断りを入れてシャドウギルドを飛び出す。


 夕暮れの王都を人混みを巧みに避けながら黒髪青年は駆ける。

 この大事な時期に、しかも病気の人物と面会できるかどうか分からないが、とにかくジュリアンたちセブンブレイズが暮らす特区に向かう。

 不意に黒髪青年はピタと立ち止まる。


「あ、いや……顔も見たくないと門前払いされたら……」


 ユウヒの胸がチクリと痛む。

 すったもんだしたが、一応は丸く収まった。エマのことで手を組む約束もした。女勇者とこれまでとは違った関係を築けるかもしれないという期待感はある。


 ただしそれは一週間近く前の話だ。


 あれから冷静になって『やっぱりユウヒ・マンチェスターのことが許せない!』と女勇者のはらわたが煮えくり返っていないとも限らない。

 女勇者とて年頃の娘だ。好きでもない男になし崩し的に初めてを奪われたのだ。今になって後悔している可能性は大いにあるだろう。


「……だよな。俺が顔を出したところでなんになるんだよ。むしろ余計に気分が悪くなるかもな。今は大事な時期だ。距離を置くのが彼女のためだろう」


 黒髪青年はそう肩を落として家路に向かって踵を返す。その時だ。


「ユウくーん! 偶然だねー!」

 

 大通りの人混みの中でフード目深に被った怪しい人物に声をかけられる。何者かと睨みつけると、幼馴染のエマ・ワトフォードだった。

「なんだその妙な恰好?」

「だって目立ちたくないんだもん」

「ああ、そういうことか……」

「今は特にジュリちゃんのこともあるしさ」

「なるほど」

 エマはただでさえ人気者なのに、今は入れ替え戦の直前だ。街を歩けばジュリアンについて質問攻めにあうだろう。

 黒髪青年たちは人目を避けて裏路地に移動する。


「で? ジュリアンの様子は? 体調不良って噂は本当なのか?」

 

 小声で尋ねると、金髪の幼馴染が耳打ちしてくる。

「うん、ジュリちゃん……あまり体調が良くないんだ」

「え!? やっぱり病気なのかッ!?」

 黒髪青年は思わず声を荒げる。

「もう! ユウくん! 大きな声出さないで! びっくりするでしょ?」

「あ、すまん」

「病気ではないと思う。でも、なんかずっと寝れないんだって」

「寝れない? 寝不足で体調が悪いってことか?」

 金髪の幼馴染が小さく嘆息してこくりと力なく頷く。


「エマはジュリちゃんが絶対に勝つって信じてるけど、できれば体調万全で入れ替え戦に挑ませてあげたいんだよ……」


「ジュリアンの実力なら十中八九負けることはないと俺も思うが、寝不足で大一番に挑むってのは確かに不安だな」

「エマね、ジュリちゃんとルームシェアしてるの」

「ああ。そうだったな」

「エマが部屋にいるとジュリちゃんが落ち着て眠れないかもって思って出てきたんだ。明日まで部屋には戻らないつもり」

「なら今日はどこかに泊まるのか?」

 すると、エマが上目遣いではにかみながら腕に抱きついてくる。


「うん! ユウくんの部屋に泊めてもらおうかなって!」


 腕に押し付けられたむにゅりとした柔らかな感触に『エマとベッドで抱き合って眠るイメージ』をリアルに想像して動揺してしまう。


「ユウくん? エマに優しくしてね?」


 しかし、すぐに幼馴染が悪戯っぽく微笑むのを見てからかっているのだと気づく。すかさず黒髪青年は丸くてつるんとしたおでこを指先で弾く。


「いひゃい!」


「年上をからかうな。大体、俺の部屋とは逆方向だろうが。この大通りを歩いてたってことは今晩は『孤児院に泊まる』つもりなんだろ?」


「さすが王都一の暗殺者アサシンだね! 洞察力が鋭い! 久しぶりにシスターや子供たちに会いに行こうって思ってるの。ユウくんもエマと一緒に行く?」


「いや、ちょっと急用があってな。今日は無理だ。まだ今度にしよう」


 悪くない提案だが、ユウヒにはそれより優先しないといいけないことがあった。


「そっか。残念」

「皆によろしく伝えておいてくれ。あと、これ」

 黒髪青年は懐からお金を取り出し幼馴染に握らせる。

「子供たちにケーキでもたらふく食わせてやってくれ」

「もう! お金なんていいのに! エマだって稼いでるもん!」

「じゃあ、これはエマへのお小遣いってことで」

「お小遣いもいならないよ! エマを子供扱いしないで!」

「へいへい!」


 唇を尖らせる金髪の幼馴染にひらひらと手を振ってその場を走り去る。

 ユウヒはそのまま真っ直ぐ特区に向かう。手ぶらで出向くのもどうかと途中の花屋で店員に見舞いの花束を見繕ってもらう。

 

「いや、これ花束ごときでどうこうできるアレじゃないな……」


 威圧感たっぷりの高い塀にぐるりと囲まれた特別居住区——通称『特区』を目の前にすると足がすくんでしまう。


 特区には勇者や勇者のパーティーメンバー、その親族、はたまた王族や有力貴族など国の要人が暮らしている。

 強固な壁で囲われ、多くの衛兵によって日夜警備され、魔法結界やトラップなどで厳重に守られ、許可なき者の侵入は決して許さない。

 そのため特区に入るには正面出入口ゲートの門番に身分証明と理由を告げ、さらに特区の住人からの入場許可が必要となる。

 ユウヒが頭を抱えるのも無理はない。

 理由がないのだ。他人に女勇者との関係性を説明するのも難しい。なによりも『見舞いに来た』と告げてもジュリアンが素直に入場を許可してくれるとは思えない。


『ユウヒ・マンチェスターなどという男は知らん!』


 門前払いを食らうのは目に見えている。

 

「仕方がないな。侵入するか」


 黒髪青年は悩んだ結果そう結論する。

 さらりと言っているが、特区のセキュリティを突破することなど不可能だ。特区の警護には国の威信がかかっているのだ。


 突破イコール国の要人の命が危険にさらされるということなのだ。


 しかし、唯一、その不可能を可能できる人物がいる。帝国最高の暗殺者アサシンと呼ばれる男だ。

 これこそが『ユウヒ・マンチェスターなら勇者すら暗殺できるだろう』と言われるゆえんだった。

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