第13話 シャドウギルド

 今から三年前。

 シャドウギルドは入れ替え戦に見事勝利しゾーイ・バイエルンが『忌み嫌われる不遇なジョブ』の受け皿として立ち上げたギルドだ。


 彼女は【死霊術士ネクロマンサー】であり『死者を弄ぶ不謹慎なジョブ』と人々から忌み嫌われ数々の苦労を味わってきた一人だ。その苦い経験から同じく誤解の多いジョブを救済したいと考えたのだ。


 結果としてユウヒは救われる。


 シャドウギルドという強烈な後ろ盾が出来たことで、裏社会の連中から勧誘されることは一切なくなった。それどころか不遇な冒険者がシャドウギルドに大量に流出したことで相対的に裏社会の力が急速に弱まったのだ。


 ユウヒにとっては同じ悩みや苦労を抱える仲間たちと出会えたことが気持ち的に大きかった。

 ダークエルフの【狙撃手スナイパー】ということで冷や飯食いだったカール・マインツと出会った。同じ孤児院出身で【盗賊シーフ】のジョン・レスターも仲間に加わった。

 隠密能力に長けたメンバーと組むことで、ソロの時とは比べものにならないほどクエスト効率が上がった。なにより相談できる相手がいることの安心感たるや。


(仲間が出来て初めて気づいたが、俺はずっと孤独を感じてたんだな……)


 仲間とクエストをこなすようになってから、稼ぎのためだと割り切っていた冒険者稼業が楽しいと思えるようになった————、


「作業完了っす!」

「よし、じゃあ北に移動しよう」

「了解じゃ」

「北側のグループも密猟者なら始末するんすよね?」

「もちろん」

「ユウ兄! なら今度はおいらに奇襲させてくださいよ! 今回、あんまり役に立ってないしさ!」

「オーケー。俺たちでジョンをフォローしようカール」

「ふむ。良かろう」


 ユウヒたちは姿を消して北に向かって疾走を開始する。

 相変わらずダンジョン内部と思えない雲ひとつない青空が頭上に広がっている。以前はこの青空を目にするとクエストなんて放り出して『どこか遠くに行きたい』と考えてしまう時もあった。しかし、今は『絶好のダンジョン探索日和だな』と不思議と足取りも軽い。それはきっと孤独ではないからだ。


「人間関係、いいことばかりじゃないが、それでも人は一人では生きられないということなんだろう」


 かくしてシャドウギルドは、ユウヒたちのような実力を発揮できずくすぶっていた不遇な者たちを大きく花開かせた。今では少数精鋭の実力者集団として高く評価されている。

 ユウヒたちシャドウギルドの面々は世間からも冒険者からも恐れられてはいるが、以前のように忌み嫌われているわけではない。

 現在のユウヒたちには『国家公認の組織』という後ろ盾によって社会的な認知と地位を持っている。それは大きな違いである。


 シャドウギルドは既存の冒険者ギルドとクエストが食い合わないように配慮している。余計な軋轢をさけるためだ。


 シャドウギルドに流れてくるクエストは隠密系の採取クエストや対人関係の荒事などなど。いわゆる汚れ仕事というものも含まれる。

 だが、裏社会の非合法な依頼と異なり国家公認ギルドによる正規の依頼だ。憲兵に捕まる心配もなく報酬も悪くない。力ある者たちが裏社会から足を洗うのも当然の結果だろう。

 ユウヒは今の生活に満足している。

 日々クエストをこなして、仕事終わりに仲間たちと美味い酒を酌み交わす。定期的に孤児院に仕送りができて、少しばかりの蓄えもある。広い部屋ではないが、自分の住処もある。孤児院時代の自分からは考えられない贅沢な暮らしだ。

 だが、周囲は必ずしもユウヒの現状を良しとはしていなかった。


 移動中にイケメンダークエルフが小声で話しかけてくる。


「……ユウヒ。お主、ゾーイ様からのパーティーの誘いを断ったそうじゃな。どういうつもりじゃ?」

「ったく耳聡い爺だな……」


 ゾーイ・バイエルン。彼女はシャドウギルドのギルドマスターにしてセブンブレイズの一人。その彼女から一週間ほど前にギルドの執務室に呼び出され、ユウヒは勇者パーティーへの参加を密かに打診されていた。


「ワシやジョンのことを気遣ったのなら余計なお世話じゃぞ? お主がおらんでもワシら十分にやっていける」

「別に気遣ってなんていないさ」

「だったらなぜ断ったのじゃ? 勇者パーティーに参加できるなど、これほど名誉なこともあるまい。稼ぎとて今の数十倍はくだらないじゃろうて」

「今の数十倍危険な目にも遭うけどな」

「当然じゃろうが。勇者パーティーは魔王討伐を目指す攻略パーティーじゃからな。より深い階層に潜れば魔物もそれだけ強くなる」

「だろ? そんなの命が幾つあっても足りやしない」

「じゃが、それは並みの冒険者ならばじゃ。お主は違う。ユウヒ・マンチェスター。お主の実力なら十分に最前線でも戦ってゆける」

「ゾーイ様からも同じことを言われたよ」

「じゃろ?」

「ったくゾーイ様もカールも俺のことを買いかぶりすぎだ。俺はただの暗殺者アサシンだ。それ以上でもそれ以下でもない。世界のために魔王を討伐するなんて柄じゃないんだよ」

「買いかぶりではない。ワシが何年生きていると思っておるのじゃ? 百年以上さまざまな冒険者を見てきたワシの目は確かじゃ。ユウヒには才能がある。お主がその気になればにすらなれるとワシは思っておる」


 ユウヒは苦笑しながら小さく頭を揺らす。


「褒められて悪い気はしないが、勇者なんて大それたもんに俺は微塵も憧れを抱いちゃいない。むしろ世間の期待を一身に背負わされて大変だとしか思わない」


 ユウヒの脳裏には銀髪の女勇者の顔が浮かんでいる。生真面目な彼女を見ていると息苦しくて仕方がない。彼女は使命感や責任感に常に縛られているのだ。


「宝の持ち腐れじゃのう……ユウヒはもっと世間から評価されるべきじゃ! お主の腕は密猟者のような小物に振るわれるにはあまりに惜しい!」


 ユウヒは鼻息の荒いイケメンダークエルフの肩をポンと叩く。


「ありがとうカール。俺のことを考えて言ってくれてるのは分かってる。だが、今の生活を変える気はないんだ。カールたちと一緒にこうしてクエストをこなす日々が俺にとっては幸せなんだ」

「……ふむ。そう言われてしまってはもうなにも言えぬわ」

 

 そこでカールとの会話は終わる。次の密猟者グループを視界に捉えたからだ。人数やざっと10人といったところか。

 勝気な青年が猫耳をぴくぴくと震わせ嬉しそうに声を弾ませる。


「ペットどうこうって会話してるっすね! 密猟者で間違いないっす!」

「ふむ。ならば皆殺しじゃな」

「よし! ジョン! 行ってこい!」

「らじゃ! 行ってきやーす! フォローよろでーす!」


 戦いたくてうずうずしているという感じで猫耳青年が飛び出してゆくのだった。

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