第12話 矜持と不遇

 密猟者たちの亡骸を一か所に集めると、ユウヒは腰に装備したアイテムボックスから大き目の『防護テント』を幾つか取り出して草原に設置する。 

 防護テントは魔王ダンジョンで野宿する際に使う防護アイテムだ。

 魔物除けの紋様が施されており、強い衝撃にも耐えられる仕様だ。こうしておけば遺体が魔物に食い荒らされることもない。

 さらに防護テントの入り口を封印しておくことで、万が一、魔王ダンジョンの復活機能によって密猟者たちが生き返った場合には牢獄の役目を果たす。


 黒髪青年たちは密猟者の亡骸を『シャドウギルドのエムブレムが印字された防護テント』に次々に放り込んでゆく。

 こうしておくことで後でギルドが遺体を回収してくれるのだ。

 

「うわ! 鎧の戦士、重たッ! ユウ兄、よく一撃でいけたっすね?」

「ふむ。こんな分厚いアーマーを紙切れのごとく貫けるのはユウヒだけじゃろう」

「俺がっていうか暗殺者アサシンの性能のお陰だけどな」


 暗殺者アサシンには〈バックスタブ〉という『対象の背後を取るとダメージが倍増する』というパッシブアビリティが存在するのだ。


「これが終わったら北側に移動だな」

「ういーっす」

「ふむ。この調子なら昼過ぎには一杯飲みに行けそうじゃ」


 黒髪青年たちはテキパキと慣れた様子で作業をこなす。

 猫耳青年に至っては鼻歌交じりに密猟者の亡骸を運んでいる。パン屋が生地をこねるように、農夫が畑に肥料を撒くように、これが彼らにとっての日常なのだ。

 とは言え、複数の遺体が大地に転がる様子を異様だと感じる感性は持ち合わせている。心はまったく痛まないが。


 首をかっ切る際も心臓を貫く際もユウヒの心はいつだって落ち着いている。対象が魔物だろうが人間だろうが揺らがない。プロとして己の仕事に集中しているからだ。

 ユウヒは暗殺者アサシンである自分に誇りを持っている。


『いや、なんで俺が……?』


 もっとも、13歳の時——職業神託神殿で暗殺者アサシンを神託された直後は大いに戸惑ったものだ————、


 ——自分で自分を『善良な少年だった』と言う気はない。


 孤児院時代のユウヒは普通に金持ちの子供をねたんだし、余裕で両親がいる子供を羨んだし、ムカつくヤツは大体ぶん殴ったし、若い修道女の着替えを覗いて叱られたのは一度や二度ではない。

 けれど、誰かの物に手を付けたり、卑劣な行為には一度も手を染めなかった。

 街でエマを無理やり連れ去ろうとした不良グループと大喧嘩して憲兵の世話になったことはあるが、それはご愛敬ということで。

 

(間違っても誰かを暗殺したいなどと考えたことはなかったんだがな)


 今でも自分がなぜ暗殺者アサシンに選ばれたのかは分からない。まさに神のみぞ知るである。


 ただ孤児院出身の自分が成り上がるために『強いジョブが欲しい』とは心から願っていたのは事実だ。毎日、毎日、寝る前に運命の女神に祈っていた。 


 ユウヒは貧しいながらも自分を真っ当に育ててくれた孤児院のシスターたちに恩返しがしたいのだ。自分と同じく身寄りのない子供たちに美味いもんを腹一杯、喰わせてやりたいのだ。


 そのためには強いジョブを手に入れ魔王ダンジョンでたくさん稼ぐ必要があった。

 地位も名誉も学歴も両親の後ろ盾もなにもない孤児が大金を稼ぐためのには、ダンジョン冒険者として成功することが一番の近道で、もっとも健全な方法なのだ。


(ひと昔前までは、孤児院出身者が裏社会に落ちるのも珍しくなかったらしいからな……ダンジョン冒険者様様だよ)


 帝国公認のダンジョン冒険者の社会的な地位は高い。

 特に王都スタンフォードでは街の人々も非常に好意的だ。街のさまざまな商業施設で『冒険者割』が適応され優遇されている。ダンジョン冒険者というだけでどこへ行っても歓迎される。当然、異性にも一目置かれる。


 ところが、何事にも例外はある。


 暗殺者アサシンのようなイメージのよろしくないジョブはダンジョン冒険者だとしても人々から忌み嫌われる。

 実際、ユウヒが暗殺者アサシンだと知った途端、あからさまに離れてゆく人間は少なくない。背後に立たれることを嫌がる人間も驚くほど多い。


『勘弁してくれ。誰かれ構わず暗殺するわけないだろ。趣味じゃねんだから』


 仕事なのだ。プロなのだ。ギルドからの正当な依頼クエストでなければ暗殺はしない。

 極力、私情も持ち込まない。重要視するのはあくまで報酬や内容だ。

 しかし、生来のイメージの悪さと暗殺者アサシンというジョブに対しての理解度の低さが原因だろう。


「隠れてコソコソと魔物を倒すなんて卑怯なジョブだぜ!」

「戦闘中に姿を消してさぼってんじゃねーよ!」

「いいわよね! ヤバくなっても一人だけ逃げられてさ!」


 皮肉なことにプロとして徹すれば徹するほど、他の冒険者からの誤解を招く結果となった。

 傷つくことに誰もユウヒとダンジョンパーティーを組んではくれなくなった。


『勇者のように尊敬されたかったわけじゃないが、暗殺者アサシンがここまで周囲から嫌われるなんて……』


 夢と希望にあふれる駆け出し冒険者の青年は絶望的な状況に落ち込んだ。


 不幸中の幸いだったのは、暗殺者アサシンはソロ性能が高く、一人でもそれなりに稼げたことだ。一方で、これはなのだが、一匹狼になったことで裏社会の連中からのスカウトが止まらなくなった。


『よう! ユウヒ・マンチェスター! いつまでチマチマと冒険者なんてお行儀の良いことやってんだ? 俺たちの組織に来いよ! たんまり稼がせてやるぜ? お前の実力ならすぐにうちのエースだ!』


 断っても断ってもキリがない状況が一年ほど続く。


『お前の生まれ育った孤児院がどうなってもいいのか?』


 終いにはそんな風に脅してくる組織まで現れる。その時ばかりはさすがのユウヒもぶち切れた。


『ふざけやがって……俺の孤児院を脅しに使ったことを後悔させてやる』


 今よりも若く血気盛んだったユウヒは脅してきたマフィアのメンバー全員を暗殺することに決めた。ユウヒの暗殺者アサシンとしての実力があればそれは容易いことだった。


 もっとも、それをすれば冒険者稼業は終わりだ。それどころか憲兵に捕まり裁判にかけられ処刑を宣告され人生そのものが終わるだろう。実に愚かで短絡的な結末だ。それが分からないほどユウヒは馬鹿ではない。

 だが、当時のユウヒはほとほとうんざりしていた。


 止まない裏社会の連中からの勧誘にも、暗殺者アサシンというジョブのせいで肩身の狭い思いをしながら冒険者稼業を続けることも、なにもかもが嫌になっていたのだ。

 ところが、自暴自棄の若者が人生を棒に振る寸前に事態が大きく変わった。



 冒険者ギルドとは別の公的組織『シャドウギルド』の設立である。

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