第11話 暗殺のお時間
「わりい! ちょっくら用を足してくらあ!」
膨れ上がった筋肉が装備から溢れるほどの屈強な鎧男が断りを入れて仲間たちの輪から一人離れ、背の高い草むらに姿を消す。
「け、まったくぼろい商売だぜ」
鎧男は下卑た笑みを浮かべながら股間の中心から黄金の放物線を描く。
「物好きな金持ちが討伐報酬の何倍もの値段で魔物を買い取ってくれんだからよぉ。馬鹿馬鹿しくってまともに戦ってなんかいられねーや」
すっきりした鎧男は腰を上下に振って股間のブツを揺らす。だが、残念ながら鎧男がイチモツを再びズボンに収めることはなかった――――、
【――――〈
刹那、鮮血の花が咲く。鎧男の影から黒髪青年が音もなく現れ、その筋張った喉元を双剣で音もなく斬り裂いたのだ。
「――――――――ッ!?」
さらに背中から心臓を貫かれ、自らになにが起こっているのか理解する間もなく鎧男の意識はブラックアウト。目を大きく見開き、己が生み出した黄金の水たまりに顔面からドシャと突っ伏す。
黒髪青年は顔色ひとつ変えることなく〈
「ちっ! 戦士の野郎、なかなか戻ってきやがらねえな……」
「あの野郎! さぼってんじゃねえーのかぁ!?」
「違げーよ! でっかいのをしてんだよ! げへへへ!」
愚かな密猟者はまだ自分たちの置かれた深刻な状況に気づいてはいない。
「しゃーない。様子を見てくるぜ。ついでにオレも用も足してくる」
そうしてまた護衛の冒険者の一人が仲間たちの輪から離れる。
しかし、その冒険者が仲間たちの下に再び戻ることはなかった——。
二人の冒険者が忽然と姿を消したことで、さすがに現場は騒然とする。
「どうなってんのよ! どうして二人とも戻ってこないのよ!」
「ひょっとして……魔物に襲われたのか……?」
「いや、この周辺にアイツらがやられるような危険な魔物はいないはずだ」
「仮に襲われたとしても悲鳴のひとつも上がらないのは妙だ」
直後、密猟者の一人が怯えるように声を震わせる。
「しゃ……シャドウギルドだ! シャドウギルドの連中だッ! 二人はもうとっくに殺されてんだよッ!」
その場の全員の表情が凍りつく。当然だ。シャドウギルドの恐ろしさを知らないダンジョン冒険者など存在しないからだ。
彼ら彼女らはその優れた隠密アビリティで、その無慈悲な暗殺術で、音もなく影もなく
魔王ダンジョンにおいて冒険者がもっとも気を付けるべきは魔物ではなく『シャドウギルドの人間だ』とまで言われるほどである。
「密猟がバレたんだ! このままだと全員! なぶり殺しにされるぜ! 連中は嬉々として殺しをするイカレタ連中だからなぁ!」
(ふざけんなよ! 俺たちのことをまるで快楽殺人鬼みたいな言い方しやがって! こっちは仕事でやってんだよ!)
姿を消し聞き耳を立てている黒髪青年だが、思わず声を出して全力で反論したい気分であった。
『だったら、お前らは楽しんで密猟をやってんのか? 違うだろ? 仕事だからだろ?』
心からそう言いたい。
「冗談じゃないわ! シャドウギルドの連中にどうして狙われなきゃいけないのよ! 陰に隠れてコソコソやってる連中じゃん! あたしらと似たようなもんじゃん!」
女魔導士がヒステリックに声を荒げる。黒髪青年はうんざりだと頭を揺らす。
(一緒にするなって。こっちはギルドで正式に依頼を受けてんだ。犯罪に手を染めてるお前たちとは違うんだよ)
しかも、今回は泣く子も黙るセブンスブレイブからの直々の依頼である。ユウヒたちには圧倒的な大義名分があるのだ。
「くそ! 奴らに狙われたらお終いだ! 今すぐずらかろう!」
「待てよ! ずらかるたってどこへだ? 連中の姿が見えねえじゃねえかよ!」
混乱に陥り右往左往する密猟者たち。
自暴自棄になった女魔導士がヒステリックに叫ぶ。
「あはははははは! いいわ見てなさい! 私の魔法で燃やし尽くしてやる! この辺り一帯を! ただでは死なないわ!」
狂乱の女魔導士が杖を構えて魔法の詠唱を始める。もちろん、それを指を咥えて見ているユウヒたちではない。
【――――〈
瞬間、どこからともなく飛来した矢が女魔導士の喉元にズブリと突き立つ。声を失い詠唱は停止。
続けて
女魔導士は愕然と目を見開き背中からバタリと倒れる。
姿の見えない敵に襲われる恐怖に密猟者たちが慌てふためき逃げ惑う。
秩序を失った目標を屠ることはあまりに容易かった。
ダークエルフが正確無比な射撃で密猟者の足を大地に縫い付け、財布でも掠め取るように猫耳青年がナイフで密猟者の首を素早く斬り裂き、死神のごとき黒髪青年が影より現れ背中から心臓を貫く。
大地には瞬くに物言わぬ10の密猟者が出来上がるのだった。
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