第10話 暗殺者ユウヒ・マンチェスター

 魔王ダンジョンの入り口である長いトンネルを抜ける。

 すると、ユウヒたちの視界に地上と見紛わんばかりの大草原が広がる。ダンジョン内なので太陽こそないが、空は高く青い。


 ユウヒは思い出す。ジョブが神託され初めて訪れた15歳の時、本当にここが『地面の下の世界』なのかと目を疑ったのを。


 魔王ダンジョンはいわゆる人工的な石壁で区切られた迷宮とは一線を画す。信じられないことに魔王は龍穴の潤沢な魔力マナを源泉に『独自の仮想世界』を地下に構築してしまったのだ。


 大草原に荒野に砂漠に雪原に火山地帯。階層ごとに景色や四季や天候が移り変わってゆく。さらに日中と真夜中。魔物の顔ぶれも違う。

 階層を隔ててあらゆる事象が変化してゆく。まるで巨大なアトラクションでもをやらされている気分である。

 

「ふむ。目立つ入り口付近で密猟をするほど大胆な連中ではないじゃろうな」

「だな。だが、密猟なんてセコイ真似をする連中の腕が立つとも思えない」

「了解っす。ならとりえあえず軽く3階層くらいまで潜るってことで!」


 暗殺者アサシンのユウヒ、盗賊シーフのジョン、狙撃手スナイパーのカール。三人の中でもっと広範囲の索敵スキルを持つのはカールだ。

 3階層にたどり着くや否や美形ダークエルフは近くの高台に上り索敵アビリティの〈イーグルアイ〉で周辺をぐるりと窺う。

 

「ふむ。東の奥でホーンラビットを生け捕りにしているグループがおるのう」


「ホーンラビット? 食用か? 素材集めか?」

「いや、ホーンラビットは見た目が丸っこくて可愛いんで、物好きな金持ち連中にペットとして高値で売れるんすよ」

「は? 角が危ないだろ? あれで心臓を一突きされたら終わりだぞ?」

「だから角は切るらしいっす」

「謎じゃな。そこまでするなら普通の兎をペットにしたほうが良かろうに?」

「おいらに文句を言われても……魔物をペットにしようなんて頭のおかしい金持ち連中の考えることなんてわかんないっす」

 

 猫耳青年が小さく首をすくめてみせる。


「とにかく、東の連中は密猟者で間違いなさそうだな」


 黒髪青年が結論する。別にリーダーというわけではないのだが、この三人でクエストをこなす時はユウヒが最終的な決断を下すことが多い。


「それとユウヒ。北の端のエリアで大量のブルースライムをリンクさせているグループもいるぞい」


「それも密猟者っすか?」

「さあのう。ワシの〈イーグルアイ〉は索敵範囲は広いが、そこまで解像度は高くはない。もっと近づかなければなんとも言えんわい」

「ブルースライムは化粧水として王都の御婦人方に珍重されてるらしいからな。一般の冒険者でも金稼ぎに乱獲する連中はいないこともない」

「ならまず確実そうな東のグループからするかのう」

「だな。北の連中は近づいて様子を窺って始末するかどうかは決めよう」

「了解っす!」


 三人は頷き合うと、東に向かって音もなく疾走を開始する。 


     ◆◇◆◇◆


 隠密状態で疾走するユウヒたちが、ホーンラビットを捕獲する密猟者グループを視界に捕える。

 即座、三人は背の高い草むらに滑り込み身を潜める。視力に長けたダークエルフが双眸を細める。


「ふむ。全部で10人じゃ」


「数はおいらたちの倍以上っすけど……装備からしてまともに戦えそうな連中は半分ってとこっすね」


 装備の整った半数が周囲の警戒に当たり、軽装の半数が網を使ってホーンラビットを一匹づつ捕獲。捕獲したホーンラビットは暴れないように魔導士らしき女が魔法で眠らせている。

 

「ふむ。装備が整ってるのが護衛の冒険者じゃろうな」

「だな。護衛の冒険者を優先して始末しよう」

「初手はいつも通りユウヒじゃな」

「らじゃっす!」

「待ってくれ。その前にアビリティを使わせてくれ」

 

【————〈鳶目兎耳シャープセンセーション〉————】


 暗殺者アサシンの黒髪青年が密猟者の詳細を探る。


「お、あの屈強な鎧男……ジョブが【戦士ウォリアー】だな」

「げ! 〈挑発タウント〉持ちっすか!」

「厄介じゃのう。〈挑発タウント〉を使われるとワシの狙撃が死ぬ」


 戦士ウォリアー挑発タウントは周囲の魔物の敵視ヘイトを自身に集めるアビリティだ。それは対人にも適応され、特に遠距離攻撃などには効果てきめんで、吸い寄せられるように挑発した人物に攻撃が集まってしまうのだ。

 カールとジョンが黒髪青年に期待の眼差しを向けてくる。


「んじゃユウ兄。よろっす」

「ふむ。戦士を一撃で葬り去れるのは暗殺者アサシンのお前だけじゃからな」

「へいへい。謹んでお受け致しますよっと。ただし戦士の暗殺に失敗したら俺は真っ先に逃げるからな?」


 シャドウギルドに所属する冒険者の基本戦術は隠密アビリティを活かした不意打ちだ。単純な力で劣る彼らは真正面から戦いを挑むようなは侵さない。

 ゆえに奇襲に失敗した場合はそれはもう潔く逃走する。シャドウギルドの面々は逃げるのも得意だからだ。


 猫耳青年と美形ダークエルフが顔を見合わせ鼻で笑う。

「ウケるぅ。ユウ兄。とっとと始めちゃってくださいよ」

「くだらない冗談言ってないでさっさと行くのじゃユウヒ」

 仲間たちの顔はユウヒの失敗など微塵も疑ってはいなかった。事実、黒髪青年が暗殺をしくじったことはこれまで一度もなかった。



『ユウヒ・マンチェスターなら勇者すら暗殺できるだろう』



 それが黒髪青年の対するシャドウギルドの仲間たちの評価だった。

 危険な役目を押し付けられているとも言えなくもないが、信頼を置かれて悪い気はしない。誰かの期待に応えることも嫌いじゃない。

 だから黒髪青年は「ったく他人事だと思って」と満更でもない顔で微笑むのだ。


「その代わり女魔導士は任せたからな?」

「眠り系の魔法を使われたら面倒っすからね」

「いいじゃろう。ワシが始末する」

「なら、それ以外はおいらが適当に」

「んじゃ行ってくる」


 黒髪青年は仲間たちに小さく笑って〈隠密ステルス〉で姿を消す。 

 


 

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