第7話 手を組む二人
金髪少女が去ってからしばらくして、銀髪の女勇者がもそもそとベッドから這い出して来る。
「エマに心配をかけてしまった……申し訳ないな」
反省の弁を口にしながらも、表情は明らかに嬉しそうな女勇者だ。当然だろう。親友が自分のために怒ってくれたのだ。こんなに胸が熱くなることはない。
「そう思うんならお前も早く帰ってやれよ」
「いや、そうしたいのだが……」
「どうした?」
「詐欺師の貴様に尋ねたい」
「人聞きが悪いぞ?」
「もしも、どこで一晩過ごしたのかエマに聞かれたら私はどう答えればいい?」
「そうだな……この長屋の空き部屋で寝ていたことにでもするか?」
「空き部屋?」
「この長屋の下の階に幾つかの空き部屋があるんだ。気づいたらそこで寝ていたことにしよう」
「貴様の部屋と近すぎるが? エマに怪しまれないか?」
「突拍子もない嘘をつくほうがリスクがあると俺は思う。下の階なら俺の部屋と間取りも同じだからな。全部が全部、嘘ではなくなるだろ?」
「なるほど! 一理あるな!」
「万が一、俺とお前が一緒にこの長屋に入るところを目撃されていたとしても言い訳が利くしな」
「さすが数々の女性をとっかえひっかえ部屋に連れ込んでいるスケコマシだな! アリバイ工作に抜かりがない!」
「違うから! さっきのはエマが俺に鎌をかけるために知ってる女性を片っ端から挙げただけだからな?」
「ふん……どうだか」
「もう帰れよ」
「言われなくとも帰る。だが、最後に聞かせろ」
「なんだ?」
「エマを見て、私が言っていたことが嘘ではないと理解できただろ?」
「理解したくはなかったがな……」
「あの様子では近いうちに告白してくるぞ? どうするのだ?」
「どうにかして……誤魔化すさ」
「誤魔化す? なんだその男らしくない対応は! エマが可哀そうではないか!」
女勇者が憮然とする。彼女もまた親友のために怒れる人らしい。
「仕方ないだろ! エマの好意には応えられんが、エマを傷つけたくはないんだ!」
「それは優しさなのか……?」
「ジュリアンとの件を全力でなかったことにしようとしてるのも俺なりの優しさだからな?」
「なにが優しさだ。利害の一致にすぎんだろ?」
「それも否定はしない」
「ほらみろ」
「保身のためであることも認めよう」
「ついに化けの皮が剥がれたなユウヒ・マンチェスター!」
「ジュリアンのことを傷つけたくないという気持ちに嘘はないさ。エマの親友であるお前とはできれば穏便な関係でありたいと願っているんだ。そもそも、お前が俺のことを嫌ってるほど俺はお前のことを嫌っちゃいない」
「信じられるか……と言いたいところだが、貴様のエマを想う気持ちを私には否定できない。エマが貴様を想う気持ちも残念ながら本物だからな」
黒髪青年は思わず笑ってしまう。
「なにを笑っている?」
「ジュリアンは思っていたよりも……友だち想いの良いヤツだなと思ってな」
「なんだ藪から棒に? 気持ちが悪い」
「気持ちが悪いとか言うな。普通に傷つくだろうが」
胡乱な眼差しの女勇者に黒髪青年は首をすくめる。
「皮肉な話だよな?」
「なにがだ?」
「一夜を共にしなければ『ジュリアンが意外といいヤツだ』とか『ジュリアンにも案外可愛い一面がある』とか気づけなかったんだからさ」
「ま、また貴様はそういう甘いセリフを口に! 私は騙されんぞ!」
「事実だろ? こんなことでもなけりゃ俺たちが腹を割って語ることなんてなかっただろ?」
「それはそうだが……貴様が遊び慣れているのも事実だろ?」
「お前の目は節穴か? 良く見ろ? 自分で言うのもなんだが、俺がそんなモテる男に見えるか?」
黒髪青年は自嘲気味に笑う。悲しいかな、ここ数年、恋人はいない。
女勇者が青年の顔をじっと見つめてくる。
やがて長いまつ毛を伏せ、銀色の毛先を触りながら照れくさそうに呟く。
「見え……なくもない」
「……は?」
意外にも高評価だった。
「ご、誤解するな! 私の意見ではない!」
「なんだそれ? 他人の意見を自分の口で言ったのか?」
「だって! エマがいつもいつも貴様のことを『ユウくんはカッコいい』と『ユウくんて優しいからすごくモテるんだ』と言うから、そうなのかなと……」
途端、女勇者がハッとした表情を浮かべる。
「もしかして……私が貴様に身体を許したのは、私が貴様のことを『ものすごいイケメン』だと思っているからなのでは? ひどく酒に酔っていたからと言って、この私が嫌いな男に身体を許すなんてそれ以外ありえん……」
全力で突っ込まずにはいられない。
「勇者だろ! 自分の意思をしっかり持て! 流されるな!」
「仕方がなかろう! これまで私は男性にまったく興味がなかったのだ! 男なんて強いか弱いかでしか見たことがなかったのだ!」
「それ自信満々に言うことじゃないからな?」
「黙れ! 親友のエマが『カッコいい』と言うのだ! ならば貴様は『カッコいい』ということだろうが!」
「ダメだ。この女勇者……早くなんとかしないと」
黒髪青年は盛大なため息を漏らす。
「俺はお前のことが本気で心配になってきたよ……エマじゃないが頼むから悪い男にだけは騙されないでくれよ?」
戦いしか知らない初心な女勇者が悪い男にコロッと騙されて、落ちてゆく姿はさすがに見るに堪えない。
「そうだな……悪い男に騙されて一夜の過ちをおかさないようにしないとな。大切な初めてを奪われてしまうかもしれんからな」
「ごめんて! 悪かったって!」
ジト目の女勇者に黒髪青年は情けなく謝ることしかできない。
黒髪青年はひとつ咳払いして仕切り直す。
「ジュリアン、俺から提案だ。俺たち手を組まないか?」
「私と貴様が? 手を組むだと?」
「嫌そうな顔をするな。特別、仲良くしようと言ってるわけじゃない。普通に接してくれるだけでいいんだ」
「普通に……接する……だと……?」
「なんで分かんないだよ! そんな難しいこと言ってないからな!」
女勇者が眉間に深い溝を刻んでいる。
「これまでみたいに俺を見ただけで殺気をほとばしらせてくるとか、俺の言葉にいちいち噛みついてくるような真似を止めてくれってだけだ」
「難しいことを言うな!」
「だから言ってないっての!」
「そもそも、手を組むとは具体的にどういうことだ?」
「今回ようにエマに相談できないこともあるだろ? その時は俺を頼ってくれて構わない。俺は
「貴様になんのメリットがある? まさか私の弱みを握ろうという気ではあるまないな?」
「今さら弱みもくそもあるかよ。すでに俺たちは特大の弱みを握り合ってる。それどころか俺たちはある種の共犯者だ」
「確かに……エマを
「お前に悪いことをしたと心から反省してるんだ。シンプルに罪滅ぼしでもある」
「殊勝なことだ」
「とにかく、俺はお前のこともエマのことも心配なんだ。だから、もしも、ジュリアンやエマに怪しい男が近づくようなことがあったらすぐに俺に知らせろ」
黒髪青年の双眸がギラリと光る。
「俺は
女勇者が不敵に微笑む。
「……ふん。それが本題というわけか。良かろう。エマを守るためだと言われたらさすがに断れん。貴様と手を組んでやろう」
利害の一致。聖女エマ・ワトフォードを愛する二人はがっちりと握手をする。
ただし傍から見れば二人の邪悪な笑顔は、悪の組織の幹部が悪だくみをしているようにしか見えないのであった。
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