第3話 色男爆誕

「何者だッ! 出て来いッ!」

 

 女勇者が剣呑に双眸そうぼうを眇め室内に殺気をほとばしらせる。

 肌を突き刺す凄まじい威圧感に黒髪青年は息を呑む。うっかり姿を現したら即座に斬り捨てられるに違いない。


「そっちがその気なら良かろう! こちらから炙り出してやるッ!」


 瞬間、女勇者の瞳が白く燃える。



【————〈真実無妄パーフェクトトゥルース〉————】


 

 それは女勇者の固有アビリティ。隠蔽や幻惑などを無効化し、魔物の弱点を見抜き、時には他人の嘘すら看破する強力な技だ。


 金属が捩じ切れるような破裂音が室内に響き渡る。

 同時だ————暗殺者アサシンの〈隠密ステルス〉が無効化され全裸の青年が部屋の隅に浮かび上がる。

 咄嗟に両足をクロスさせ股間をしたのはせめてもの抵抗である。


 女勇者は目を見開き真っ赤な顔でワナワナと白い身体を震わせている。

 黒髪青年はなにか言わねばと口を開く。


「おはよう……ジュリアン! 今日はいい天気だな!」


 黒髪青年がにこやかに微笑む。口元を引きつらせながら。

 

「……ユウヒ・マンチェスター、貴様、私の話をどこまで聞いていた……?」


 女勇者が険しい表情で剣の切っ先を眉間につきつけてくる。


「いや、俺はなにも……聞いていないが?」

「だったら……どうして貴様は私から目を逸らす?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「ぶ、ぶ、ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅー!」

「待て待て! 落ち着けぇぇぇぇぇー!」

「貴様を殺して私も死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅー!」


 女勇者が涙目で剣を振りかぶる。


「剣を下ろせ! ほら! 胸がシーツから零れ落ちそうだぞ!」

 

 女勇者が慌てて胸元の膨らみを押さえる。


「ジュリアン! まずはお互い服を着よう! な? それから落ち着いて話をしようじゃないか!」

 

 黒髪青年は女勇者の潤んだ瞳を見つめながら続ける。


「勇者が痴情のもつれで殺傷沙汰を起こしたなんて前代未聞だ。最年少勇者であるお前には輝かしい未来が待ってるんだ。多くの人々がお前に期待をしているんだ。一時の感情ですべてを台無しにする気か?」


 小さな子供に言い聞かせるみたいに諭す。

「うるさい! そんなこと……貴様に言われなくとも分かっている!」

 女勇者は不詳不詳と剣を鞘に納める。

 互いに背を向け急いで服を着る。背後から聞こえてくる衣擦れの音が生々しい。


 着替え終わると、黒を基調とした暗殺者アサシン装束に身を包んだ青年はなぜかベッドに正座をさせられ、女勇者は剣を杖のようにして仁王立ちしていた。

 

 白を基調とした勇者装束に、丸みを帯びた胸元のシルバープレート。凛々しく勇ましい女勇者の帰還である。これが普段のジュリアン・アーセナルの姿だった。


 先に口を開いたのは銀髪の女勇者だ。


「か、勘違いするな……私は貴様のことなどなんとも思っていない! 先ほど私が口にした言葉もすべて嘘だ! 寝ぼけて口走ったにすぎん!」

 

 女勇者が顔を羞恥に染めながら言い放つ。強がっているとしか思えないのだが、


「ああ。俺はなにも聞いてないし、お前もなにも言っていない」


 黒髪青年は全面的に同意する。全力でなかったことにするのが互いにとっての幸せだからだ。


「昨日のあれは一夜の過ちだ……忘れろ」

「もちろんだ。俺たちの間にはなにもなかった」

「言うまでもなく他言無用だぞ?」

「承知だ。それがお互いのためだからな」


 女勇者が胡乱に目を細める。


「ふん。果たして暗殺者アサシンの言うことがどこまで信頼できるのやら」

「ならば約束しよう。もし俺が昨晩のことを他言したのならこの首をお前に差し出してやる」


 黒髪青年は女勇者を真っ直ぐ見つめながら首筋をペチペチと叩く。


「ずいぶんと大きく出たな……二言はあるまいな?」

「二言はないさ。これは俺からのせめてもの償いだ」

「償い? どういう意味だ?」


「一夜の過ちとは言え、ジュリアンのを奪ってしまったわけだからな。本当にすまないと思ってる」


 すると、見る間に女勇者の顔が真っ赤に染まってゆく。昨晩のことを鮮明に思い出したのだろう。


「き、貴様という男は! 本当にひどいヤツだ! 私は初めてだったんだぞ? それなのに……一晩中、私にあんなことやこんなことを……ん~~~~~ッ!!!」


 彼女は白いマントで顔を隠してプルプルと小刻みに震えている。

「ちょっと待ってくれ! 俺は一体、お前にどんなことしたんだ!?」

「……は? どんな……とは?」

 マントの隙間から覗く眼光があまりに鋭い。


「——貴様、この私にあれだけのことをしておいて、まさか忘れたのか?」


 黒髪青年の喉がごくりと鳴る。眼光の鋭さで首が飛びそうである。

 だから黒髪青年は努めて余裕の笑みを浮かべる。


「忘れる? バカを言うな……昨晩は人生最良の夜だったんだぞ? 忘れたくとも忘れられるはずがないだろうが」


 我ながらよくもまあ、こんな歯の浮くセリフをいけしゃあしゃあと言えるものだと呆れている。だが、この状況で『まったく記憶にない』などと誰が言えよう。


(だとしたら嘘を貫き通すしかあるまいよ!)

 

「き……貴様というヤツは! 貴様というヤツはァ! 恥を知れ! 明るくなってもそのような睦言むつごとを私にかたるか!」

 

 女勇者が耳まで真っ赤しながら地団太でも踏むみたいに剣の鞘をガンガンと床に叩きつける。階下の住人から苦情がきそうなので止めて欲しい。

 黒髪青年はおもむろにベッドから立ち上がる。


「ただ昨晩の俺はひどく酒に酔っていたからな。ところどころ記憶が曖昧な部分があるんだ」


 したたかな黒髪青年は記憶がないことが発覚した時に備えて保険をかけておくことも忘れない。

 黒髪青年は口元を彼女に寄せると、銀髪から覗く形のいい耳に囁く。



「良ければジュリアンの口から……昨晩の俺がお前になにをしたのか詳しく聞かせてもらえると助かるんだが?」


 

 毒を食らわば皿までだ。期せずして爆誕した色男モードでこの場を乗り切る所存である。


「そ……そんなの私の口から言えるわけないだろうがァ! バカッ! 変態ッ! スケコマシッ!」


 赤面する女勇者から突き飛ばされる。

 彼女にしたら軽く突き飛ばした程度なのかもしれない。だが、黒髪青年は蹴飛ばされた小石のようにベッドでバウンドして壁に激突。長屋全体が小さく揺れる。おそるべきパワーである。

 お陰様で黒髪青年の全身の骨はミシミシと軋んでいる。

 ユウヒは何事もなかったかのような涼しい顔で立ち上がり改めて決意する。なんとしてでもこの場を穏便に乗り切ろうと。

 さもなければ本当に自らの命が危ないと——。

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