第2話 女勇者ジュリアン・アーセナル

 ようやく女勇者様のお目覚めだ。

 銀髪の女勇者は均整の取れたしなやかな肢体を猫のごとく反らして、陽が差し込む窓に切れ長の双眸を細める。『爽やかな朝だ』と言わんばかりの輝く表情だ。


 だが、女勇者は目覚めた場所が自室でないと気づき途端に目を丸くする。


 さらに自らが生まれ立ての姿だと知って、慌ててシーツの中に銀色の頭を突っ込む。すぐに女勇者が愕然とした声を絞り出す。


「……ない……は、履いてない」

 

 本来、白い太ももの間に装備されていなければいけないが床にふぁさりと落ちているのを発見して、銀色の頭を抱えて女勇者はベッドにうずくまる。


「私はなんてことを……ユウヒ・マンチェスターと一線を越えてしまうなんて……」


 ユウヒと違ってジュリアンは昨晩の出来事をはっきりと覚えているようだ。


「あ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」


 女勇者は枕に顔を埋めて両手でベッドをバンバンと叩く。

 

「許せん許せん許せん! あの男なんなのだ! 私は初めてだったのだぞ!」

 

 一瞬にして黒髪青年の顔が青ざめる。もしかして自分は女勇者に取り返しのつかない真似をしてしまったんじゃないだろうか。


「あんな恥ずかしい真似を……私が何度も何度も『お願いだから止めてくれ』と言っているのに全然止めてくれなかった! 絶対に許さない! やっぱりユウヒ・マンチェスターなんて嫌いだ! 大嫌いだ!」 


 女勇者は怒り心頭だ。黒髪青年は思わず天井を仰ぐ。

 

(……最悪だ。初めての女の子を無理やり押し倒して純潔を奪ってしまうなんて最低のくそ野郎じゃないか。酔っていたとしても許されることじゃない……)

 

 土下座をして謝ろう。それで許されるとは思わないが、とにかく今すぐ謝罪を態度で示すべきだろう。

 そう黒髪青年が〈隠密ステルス〉を解除しようと瞬間だ。女勇者が枕を抱きしめながら「ん~~~~~~!」と唸りながら両足をバタバタし始める。


「あの男は『お願いだから止めてくれ』と言ってるのに『ジュリアンは世界で一番可愛い』とずっと耳元で囁てくるし! 終わった後も『偉いぞ。頑張ったな』と私の頭をずっと撫でてくれるし……」


 なぜか徐々に彼女の語気が弱くなってゆく。



「本当になんなのだ……なんか、もう、全部、最高だったんだが」



 そう女勇者が熱にかされたみたいにぼんやりと虚空を眺め、恋する乙女のような吐息を零している。


(いやいやいやいや、本当にィ! 昨晩の俺はァ! 彼女になにをしたんだよォォォォォォォォォォ!)

 

 自分で否定するのも妙だが、黒髪青年はベッドで恥ずかしげもなく睦言むつごとを囁くタイプではない。

 酔っぱらって気が大きくなっていたのか、酒で理性のタガが外れたからなのか。理由は分からないが、女勇者の言葉を鵜呑みにするならとんだ色男の爆誕である。


「ハァー、人生にこんな素晴らしい体験があるとは知らなかった……」


 女勇者はシーツの中で膝を抱えて丸くなる。


「……同世代の女子たちが恋だ愛だと騒いでいるのが理解できなかった。魔王を倒すことが私にとって人生の最優先で、それ以外のことは全部くだらないと思っていた。でも、そうではなかったんだな……」


 まったく記憶にないが、たった一晩で女勇者の価値観を変えてしまったらしい。ここまで大事になってくると、むしろ、なにも思い出さないほうが身のためであるような気さえしてくる。


「嫌いなのに……ユウヒ・マンチェスターのことなど好きではないのに……あの男の顔を見たら絶対、昨日の夜ことを思い出して意識しまう……私はちゃんといつもの態度でいられるだろうか……」


 女勇者は自らの顔を両手でむにむにと押さえている。

 驚いた。あの誰よりも強く誰よりも勇ましい女勇者が、こんな年相応の葛藤をするなんて。


(……まあ、でも、考えてみれば当然か。いくら女勇者がしっかりしていると言ってもまだ18歳だもんな) 


「しかし、困ったぞ……エマにユウヒ・マンチェスターのことを相談したいんだが、彼女には絶対に言えない……」


 黒髪青年の喉がごくりと鳴る。幼馴染のエマにを知られるのはユウヒとしても非常に不味い。

 聖女エマ・ワトフォードは女勇者のパーティーメンバーで、ユウヒとは同じ孤児院出身で幼い頃からの付き合いである。女勇者ともエマの紹介で知り合った。

 エマはユウヒのことを兄のように慕い、ユウヒもまたエマのことを妹のように可愛がっている。


(そんな俺が大切な仲間に酔っぱらって手を出したなんて知ったら、エマはきっと幻滅するだろうな……)


 ところが、続く女勇者の言葉はあまりにも予想外だった。


「くっ、無理だ! 言えない……エマはユウヒ・マンチェスターのことがだからな……好きな男と寝てしまったなんて言えるはずがない!」


「…………えッ! 嘘だろ!?」


 驚きのあまり黒髪青年はついつい声を発してしまう。すぐに両手で口を押えるが時遅し。

 刹那、女勇者はシーツをドレスのようにボディに素早く巻き付けベッドから飛び出し、枕元の剣を鞘から抜き放ち構える。


「何者だッ! 出て来いッ!」

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