目覚めると、全裸の女勇者が俺の隣で寝ていたのだが?

忍成剣士

第1話 朝チュンか朝チュンでないのかそれが問題だ

 朝、目覚めると隣で銀髪の女勇者が一糸まとわぬ姿で寝ていた。

 まるで憑き物でも落ちたかのような幸せそうな顔で。


 一方で黒髪青年は死神にでも憑りつかれたかのごとき不幸な顔を浮かべていた。


 暗殺者アサシンである青年は速攻で〈隠密ステルス〉を発動させて気配を消す。それから頭を抱えて心の中で叫ぶ。


(な、な、なんで俺のベッドに女勇者がッ!? 昨日の俺ぇ! よりにもよって女勇者に手を出しちまったのか……?)


 さっぱり思い出せない。

 幸いにして女勇者に目覚める気配はない。透明な青年はベッドから抜け出して自室をぐるぐると歩き回る。


(……えっと、昨晩は幼馴染の誕生日会に参加して、そこで女勇者と口論になって、なぜか酒の飲み比べ勝負が始まって『この店で一番強いお酒を持ってきて!』なんて女勇者が叫んで……店主が店の奥から『魔王殺し』とか言う物騒なネーミングの酒を取り出してきて……なんだっけ?)


 そこから先の記憶がまったくない。だが唯一、確かなのは黒髪青年ことユウヒ・マンチェスターが現在――――見事なまでにフルチンだということだ。


(いや、待て待て待て! だ、だ、大丈夫だ……ワンチャンただただ全裸の男女が一緒のベッドで寝ていたという可能性だって――――)


 うん、なさそうだ。どう考えても一線を越えてしまっている。女勇者の満ち足りた寝顔を見るに。

 眼光鋭く凛々しい普段の勇ましい彼女からは想像もできない穏やかな寝顔だ。

 艶やかな銀髪に肌理の細かい雪肌。長いまつ毛に桜色の薄い唇。


「……黙って寝てりゃただの美人じゃないか」


 ユウヒはすぐさまかぶりを揺らす。


「くそ、認めるしかなさそうだ……」


 身体は嘘をつかない。腰回りに感じる倦怠感に反して、恐ろしいほど気力が充実している。こんな寝覚めの良い朝は初めてかもしれない。


「あれ? 待ってくれ……俺、このままだと殺されるんじゃ……」


 この状況のなにが問題というと、なにもかもが問題だった。

 女勇者ジュリアン・アーセナルは【セブンブレイブス】と呼ばれる世界七大勇者の最年少勇者で、世間の女性たちから『おっぱいのついたイケメン』と呼ばれる人気者なのだ。

 そんな権威も人望も将来性も兼ね備えた女勇者に手を出したと知られたら、一介のダンジョン冒険者でしかない黒髪青年はこの王都では生きてはいけない。彼女の熱烈なファンに殺されかねない。


 なによりジュリアン本人がユウヒのことをひどく嫌っているのだ。


 女勇者のパーティーメンバーである『聖女』をたぶらかす悪い男だと黒髪青年のことを思っているのだ。

 それと彼女は暗殺者アサシンのことも軽蔑している。

 正道ど真ん中を突き進む勇者様には、目的のためなら手段を選ばない暗殺者アサシンのやり方が気に入らないのだ。


「仕方がないよな。実際……俺は然るべき依頼ならだって余裕でするし」


 黒髪青年はしばし逡巡して結論する。

 


「よし、街を出よう!」



 ほとぼりが冷めるまで女勇者の前から姿を消したほうが良さそうだ。

 どう考えても割に合わない。女勇者との甘美なひと時を覚えているのならまだしも、まったく記憶にないことで命を失うなど。


 冒険者には『宝箱の中身は開けてみるまで分からない』ということわざがある。

 これはダンジョンの宝箱の中身がランダム抽選であることに由来している。宝箱の中身は開けるまで確定しないのだ。

 

「同じように俺と女勇者が一線を越えていたとしても、互いにその事実を認めなければ確定しないってことだ!」


 ならば黒髪青年がこの場にいないほうが話は早いだろう。

 仮にユウヒと違ってジュリアンが昨晩の出来事を覚えていたとしても、目覚めて隣に相手がいなければどうだ。


『昨日のあれは夢だったに違いない』


 なかったことにだってできる。嫌いな男と一線を越えてしまったなどジュリアンにとっては後悔でしかないだろう。記憶から消し去ってしまいたいはずだ。

 

「街を出ないにしても……ジュリアンとはしばらく顔を合わせないようにしたほうがいいな」


 万が一、顔を合わせることになったとしても『お互いのため』に素知らぬ顔を決め込むべきだろう。

 とは言え、一糸まとわぬ若い女性を一人残して部屋を出てゆくのは忍びない。黒髪青年は〈隠密ステルス〉を発動させたまま部屋の隅で女勇者が目覚めるのをじっと待つ。


 ちなみに、この待ってる間に『服を着れば良かったのでは?』そう気づいたのは後のことだった。

 

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