第16話 大切な、夏の思い出より
「すみちゃんって、小さいころにわたしと遊んだ事あるよね」
なんでもないように投げかけられたその質問に、私の思考は停止してしまいました。
子供の頃の、ひと夏の初恋の大切な思い出。私から言わなければ思い出して貰えないだろうと思っていたそれを、ことちゃんは唐突に投げ込んできたんですから。
「……思い、出したんですか?」
「特大のヒントがここにあったし!枕もとの写真、あれ懐かしいね!お別れする前の日に撮ったんだっけ!」
「はい……、はい……!」
私を見ることちゃんの目はあの日と何も変わらない、私の初恋の人の目で。可愛くて、綺麗で、かっこよくて。そんな、憧れの──。
「もー、早く言ってくれれば良かったのに!」
「そ、れはっ、いつかことちゃんから気づいてくれたらって………!」
走馬灯のようにことちゃんとの思い出が溢れて、もう自分の感情の制御が出来なくて。いつの間にか、私の目からは涙が流れ始めていました。きっと、胸のつかえが取れたからでしょう。私の想いのきっかけを、ことちゃんと共有できる。それを考えるだけで、安堵と嬉しさがこみ上げてくるんです。
そんな私の想いを知ってか知らないでか、ことちゃんは私の手を自分の手で包んでくれました。私より小さい掌なのに、今は何よりも大きく感じて。
そうしてことちゃんは、そのまま語り掛けてきます。
「わたしね、あの夏の思い出の子にずーっとお礼が言いたかったんだ」
「……それは、どうして?」
「実はすみちゃんのあの夏の言葉で、わたしは東京に来ようと思ったの。メイクもファッションも勉強して、いつかあの子に会いたいなって。まさか、身近にいたなんてね!」
あの夏の1週間、私はことちゃんに沢山東京の事を話しました。けれど、それがことちゃんが東京に来る理由の1つになっていたなんて。過去の私を、きちんと褒めてあげないと。
視線をちらりと手からことちゃんの顔に移せば、そこには弾けるような笑顔のことちゃんがいて。
だから、仕方ありません。舞い上がった私の感情は、制御なんてできなかったんですから。
「ことちゃん………」
「すみちゃ………、んむぅ……」
初めて交わすキスの味。リップの匂いと、ことちゃんの持つ生来の甘い香り。それらが混ざり合って、私の脳は解ける感覚を覚えてしまって。
ああ、きっともう抜け出せない。ことちゃんという憧れに、私はどんどん嵌っていく。
しびれるような快楽の余韻を頭の片隅に残しながら、数秒のキスを終えました。ことちゃんがはにかむように微笑みながら、私にもたれかかってきました。まるで恋人仕草なそれに、私の心臓は過去最大の鼓動を鳴らすんです。
「すみちゃん」
「は、はいっ……」
「わたしに、出会ってくれてありがとう。わたしを、好きになってくれてありがとう。我がままでクズなわたしを、許してくれてありがとう」
我がままで、クズなことちゃん。確かに状況だけ見れば、私とゆかりちゃんをキープしている状況で。それは確かに、一般的に見れば二股状態。
でも、そんなものはどうでもいいんです。ことちゃんは文化祭に告白の返事をしてくれると約束しましたし、例え私が選ばれなくても親友は続いていく。それに、最善の策ならゆかりちゃんとも少し話していますし♪ふふっ、惚れた弱みですね♪
「もう、急にどうしたのことちゃん?」
「えへへ、なんとなく!というか、ため口すみちゃんだ!」
「ダメ、かな?」
「ぜーんぜん!敬語もいいけど、昔みたいにため口の方が嬉しいな!」
遊んだ期間なんて1週間に満たないくらいだったのに、ことちゃんはそんな細部まで覚えていてくれていたんですね。私との思い出を、あの夏の日を。私と同じくらい大切にしてくれているのなら、それはどれだけ幸福でしょうか。
「それじゃあ………。ことちゃん、もう一回いい?」
「いっ!?い、いいけど、なんか急だねすみちゃん?」
それは仕方ないでしょう!今日だけで一層ことちゃんと仲良くなれた気がしますし、初キスもことちゃんにあげたんですから!気持ちも昂ってしまってますし、料理組もまだまだかかりそうですし!
………それに、今はことちゃんが愛おしくてたまりません。
「もー、甘えん坊だなぁ。でも、1つだけ言わせて」
「う、うん……」
「ゆかりちゃんにも言ったけど、その、えっと………。あんまり、えっちなのはダメだよ?」
………………そういえば、文化祭で外野の方々が騒いでいましたっけ。なんとなく後で調べましたけど、今ようやく理解できた気がします。ことちゃんって、天然の誘い受けなんですね。
「……約束はできないかも♪」
「な、なんでんむぅ…………っ!」
愛しい愛しいことちゃん。私の初恋で、私の憧れで。誘い受け体質な、世界で一番可愛いい私のことちゃん。
絶対に、私が幸せにするんですからね♪
ゆりこく!~わたし、なんでこんなに女の子にモテてるの!?~ 上里あおい @UesatoAoi
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