第14話 蜃気楼に霞む君

 6月も半ばの、気持ちのいいくらいの晴天の土曜日。


「行けー!もっと腕回してー!」「佐藤ー!もしそこから抜かれたら、ジュース奢りだからなー!」「頑張れー!一位になったら、優勝が近づくよー!」


「すみー、周りを気にするなー!ファイトー!」

「がんばだよすみちゃんー!ほら、ゆかりちゃんも!」

「が、頑張ってすみれさん!」


 今はまさに、体育祭本番!


 学年別でクラス対抗のうちの文化祭は、全5クラスで優勝を競い合うの!

今は午前の部最後の借り物競争の途中で、それぞれのクラスから男子と女子で一人ずつ選ばれている。なんと、うちのクラスからはすみちゃんが参加しているのだ!


「さて、ここで多くの組がお題が書いてある紙へ到着!さぁ、ここからが借り物競争の本番です!」


 そんなアナウンス通り、ほとんどの組がお題を確認し始めた。皆が自分のクラスに行ったり、先生の所へ向かっていく。


 むー、わたしも出てみたかったなぁ……。あれ?


「すみちゃん、私達のとこに走ってきてる?」

「お、ほんとだ。えー、あたし達なんか持ってるかな?」

「何か持ち物かしら?でも私達、水筒とかタオルしか持ってないけれど……」


 かのかとゆかりちゃんの言う通り、わたし達ってそんなに物持ってないけどなぁ。すみちゃん、何がお題なんだろ?


「はぁはぁ……。こ、ことちゃん!」

「おつかれすみちゃん!なになに、何がお題だったの!?」

「ことちゃん、一緒に来てください!」

「いいよ!……え?お題わたしだったの!?」

「そうなんです♪ほらほら、行きましょう♪」


 ぐいぐい来るねすみちゃん!?


「い、行ってくるねみんな!」


「きゃー!やっぱり2人揃うと絵になる!」「あ、あとで写真撮らせてね!」「……香取と朝比奈が並んでたら、さ。……やっぱいいよな」「分かるよ………」


「おおっと、これはダークホース!1年3組の学年3美少女の2人、朝比奈すみれさんが香取琴葉さんとゴールインです!」


 やー!やめてやめて!?その呼び方、わたしはまだ全然馴染んでないんだよ!?

というか、実況の人って2年生の生徒会の人だったよね!?2年生の間でもその呼び方が広まっちゃってるの!?


 うう、せっかくの一位なのに!なんでこんなに恥ずかしい思いをしなきゃいけないんだ!?


 あれ?確か、お題ってこれから発表だったっけ──


「朝比奈さんのお題は………!なんと!〈俺、私の大好きな人〉です!」


 なにそれ!?なんでそんなお題が混じってるの!?


「や、やっぱりあの2人って……!」「きゃぁぁあ!わ、私、興奮してきた!!」「やっぱそうだよなぁ……!流石に、あの仲には入れねぇか……!」「やっぱり、受けは朝比奈ちゃん!?ううん、香取ちゃんの誘い受けが本命かしら!?」


 なにこれ?なんでこんなに盛り上がってるの!?なんで今のところ、今日一番の盛り上がりを皆がみせてるの!?


「す、すみちゃん?あはは、なんか皆こわいね……?」

「そ、そうですね~……。思っていた以上に、私達って有名人だったみたいですね?」


 あのすみちゃんすら動揺してる!?


「……でも、折角ですから」

「へ?すみちゃん、何か言った…………むぐぅ!?」


 び、びっくりした!なんだ、いつも通りすみちゃんが抱き着いてきただけじゃんね──


「きゃぁああああ!!」「うおぉおおお!!」


「ぴぃっ!?」


 こ、これはもう歓声というか、もはや絶叫じゃない!?各所で何故か色めきだってるんですけど!?


「ふふっ、なんだか公認みたいですね、私たち♪」


 ほ、ほんとに何が起こってるの!?



「な、なんかどっと疲れた………」

「ふふっ、お疲れ様」


 午前の部の競技が終わって、昼食を皆で食べた後。わたしが校舎裏のベンチへふらふらと歩いていくと、数分してゆかりちゃんがわたしの横に座ってきた。


 んー、なんだか久しぶりだなぁ。こうしてここで、ゆかりちゃんといるの。


「ゆかりちゃん、午後の部は何に出るんだっけ?」

「私は玉入れだけ。琴葉さんは、確かクラス対抗リレーだけよね?」

「そ!すみちゃんは午前でもう終わったし、かのかもわたしと一緒!いやぁ、疲れるけど面白いよね体育祭!」


 競技の合間合間に他のクラスや、他の学年の人といっぱい話して!沢山写真を撮ったり、ひたすら皆を応援したり!


 うん!これこそわたしの望んでいた華の都会女子高生生活!


「……そういえば、さっきの借り物競争は随分と盛り上がってたわね?」

「え?」


 あれ、なんかゆかりちゃん不機嫌?さっきまで普通に話してたと思ったんだけど、わたし何かしちゃったっけ?さっきの借り物競争……って、すみちゃんの出てたやつだよね?


 ああ、そういえば皆盛り上がってたなぁ。あれ、なんでだったんだろ?


「確かに盛り上がってたよねあれ!あははっ、もーあの呼び方恥ずかしいから止めてほしいよ!あの学年3美少女!ってやつんむぅ!?」

「んっ……!」


 えっ!?い、いきなりキスしてきてる!?


な、なんで!?今の会話の中で、キスするようなところあった!?それとも、やっぱりゆかりちゃんはえっちだから!?ムラムラしちゃったとか、そういう事!?


 ……………というか、なんか長い?


 ゆかりちゃんがわたしの肩を掴む力も強くなってきてるというか、ちょっと痛い。ど、どうしちゃったのゆかりちゃん!?


「ん……っ、ぷはぁ!はぁ、はぁ……、どうしたのゆかりちゃん?いきなりキスは、割としてくるけど……。なんか、いつもと違ってこわい……」

「あっ……。ご、ごめんなさい……!私、その……」


 真っ青な顔をして、ゆかりちゃんが狼狽える。わたしを掴んでいた手も震えて、目の焦点もあまり合ってない。


 ………きっと、わたしが悪いことをしたんだ。ゆかりちゃんはそれに動揺してしまって、今みたいに強引な事をしちゃったんだ。わたしがゆかりちゃんをそうさせたんだから、ゆかりちゃんはわたしの全部を受け入れてくれたんだから。


 わたしが、今度はゆかりちゃんを受け入れる番だ!


「ゆかりちゃん!」


 わたしより座高が高いゆかりちゃんの頭を、わたしの胸に抱く。これも、よくお姉ちゃんがわたしが泣いたときにしてくれた。わたしはすっごく安心して、寝ちゃうことの方が多かったっけ!


「……琴葉さん」

「きっと、何かヤな事あったんだよね。それもきっと、わたしが無自覚でなにかしちゃった」

「………」

「沈黙は肯定という事で!……ごめんね。気が済むまで、わたしがこうしたげる」


 うっ、ゆかりちゃんの息遣いが若干くすぐったい。でも、さっきより柔らかくわたしを抱きしめてくれてる。うん、気持ちが和らいでくれたみたい!


 でも、ほんとに何があったんだろ?

さっきの借り物競争でしょ?あったことといえば、すみちゃんが出場してて。それでわたしがすみちゃんと一緒にゴールして、何故か皆が盛り上がって……。

 

 あれ?ゆかりちゃんはわたしが好きなわけで、あの時のお題は好きな人……。


「………もしかして、嫉妬?」

「ど、どうしてそれは分かるの……!?」


 がばっとわたしの胸から顔をあげて、真っ赤な顔でゆかりちゃんが慌て始める。なんだー、そっかー!ゆかりちゃん、わたしに嫉妬してくれてたんだ!


「……………あはは、なんか照れちゃうね」

「っ!そ、そういう反応を琴葉さんがするから!」

「えっ、ちょっ、なんでっ!?」


 さっきまで優しいハグだったのに、また力が強くなってるよ!?わ、わたし今は何もしてないよね!?普通に会話してたよね!?


「嫉妬もするわよ!貴女は誰にでも……!だから、優しくするから。もう一度お願い」


 潤んだ瞳で、そんな風に頼んでくるゆかりちゃんは初めてだったから。だから、受け入れてあげたいと思った。


「………ゆかりちゃんが、したいなら」



「さっすが琴葉ちゃん!2人抜きで一位じゃん!」「やったな香取!流石だな!」「香取ちゃん、こっち向いて!ほら、写真撮るよー!」


 午後の部でポイントを総取りした私達1年3組は、学年で優勝することができた。


「やったな琴葉!すごいじゃん2人抜きとか!」

「んっふっふ!わたしもまだまだいけるね!」

「ことちゃん、お疲れ様です♪」

「ありがとすみちゃん!すみちゃんの応援、ちゃんと聞こえてたかんね!」


 対抗リレーでも琴葉さんは活躍して、皆の期待に応えて。

 いつでもクラスの中心にいる貴女は、誰にでも優しくて誰の事も受け入れる。


『………ゆかりちゃんが、したいなら』


 毎回毎回、私は心臓が破裂しそうになっているキスだって。貴女は自分の為でなく、私の為にその行為を受け入れてくれている。


 貴女に確かに近づけたはずなのに、貴女を掴んだ手は空を切る。幻のように、蜃気楼のように。貴女を好きなのに、大好きなのに、愛しているのに。


「ゆかりちゃん!ほら、一緒に写真撮ろ!」

「……ええ。ごめんなさい、今行くわ」


 私の想いは、本当に貴女を変えられているの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る