第13話 香取琴葉は決意する

 私に話してみて、なんて。


 どうして、ゆかりちゃんはそんなに強いんだろう。わたしはゆかりちゃんの気持ちを利用して、自分が楽になろうとしてたのに。そんなわたしの言葉を遮って、わたしの本当の言葉を引っ張り出そうとしてくれて。


 馬鹿で、傲慢で、醜いわたしなんかとは違う……!


「だめ、これ、みせたくない……」

「琴葉さん!?」

「ごめん、来ないで」

「っ……!」


 自分でもびっくりするくらいの低い声。明確に拒絶の意思を伴って出たそれは、わたしに向かって歩いてきていたゆかりちゃんの足を止める。


 ただ漠然と都会に憧れて出てきただけの、ただの田舎者。


 キラキラなんてしてなくて、大切な親友達からの好意にも答えられない。優柔不断で、確固たる意志も賢さもない。そのくせに、どうしようもなく甘えたがりで。


 今のわたしは、もっともっと酷い。醜くて、傲慢で、泣いてばかりで。負の感情しか生み出せていない、暗くて弱いわたし。


 皆が好きでいてくれるのは、きっとこんなわたしじゃない。いつも通りのニコニコ笑ってる、愛される能力のある『香取琴葉』なんだ。


「もう少ししたら落ち着くから、それまで待ってほし──」

「待たないわ!」

「えっ……?」


 そう言ったゆかりちゃんは、わたしの手を握る。それに弾かれるみたいに顔をあげると、ゆかりちゃんの真剣な眼差しがわたしを見ていて。


「私は、今の琴葉さんと話したいの。今の貴女が抱えている本音を、私にぶつけて!」


 強くて、優しいその言葉は、ゆかりちゃんの全部をぶつけられているみたいで。綺麗で愛されるわたしじゃなくて、今の醜いわたしを見てくれているみたいで。


 そんな事、あるわけないのに。そんな都合のいい事、あるわけないのに。こんな暗くて醜いわたしなんて、受けいれられるわけがないのに。


「琴葉さん」


 なんで、そんな顔でわたしを見てくれるの。


「…………おそがい」

「え?」

「わたし、自分で自分がおそがいの!ゆかりちゃんに告白されて、すみちゃんに告白されて!恋愛なんてしたことも、考えたこともあんまない!だから、せめて恋心を分かるまで2人が好きになってくれたわたしでいないとって!傲慢で、醜くて、弱虫なわたしなんか、皆に見せたくない!」


 誰にも、こんな考えを言いたくなんてなかったのに。

 ゆかりちゃんになんて、絶対に知られたくなんてなかったのに。


「さっきの、好きって、言ったのだって……。わたしは、自分が楽になりたかったから、ゆかりちゃんを利用した……」

「……ええ、それで?」

「だ、からっ、こんなわたしなんて、放っておいても……」


 自分で言ってるはずなのに、心がどんどん苦しくなって。視界も段々ぼやけてきて、今ではもうゆかりちゃんの顔すら見えない。


 ちがう、きっと、見たくないからだ。ゆかりちゃんの顔を見たくないから、わたしは涙を流して見えないようにしてるんだ。わたしは、ずるいから。

 きっと、ゆかりちゃんは幻滅した。わたしから離れて行って、わたしをどうしようもなく嫌いになる。


 ……楽しかったのに、ぜんぶ終わっちゃう。


「それが、今琴葉さんの考えている全て?」

「………………え?」


 握られていた手の力が強くなって、ゆかりちゃんの温かい体温が伝わってきて。そうしてわたしの涙を拭うように、ゆかりちゃんの手が添えられた。


「私は、貴女のことが好き」


 ぼやけた視界から見えたその先には、笑顔のゆかりちゃんがいた。


「好きなんて言葉じゃ表せないくらい、琴葉さんの事を愛してる。綺麗でキラキラしている琴葉さんも、今の自分の事を嫌っている琴葉さんも。私は、貴女の全てを愛してる」


 ………そんなの、おかしいよ。


「………信じられない」

「どうして?」

「だって、都合が良すぎるもん!い、今のわたしを見て幻滅しないなんておかしいもん!」


 そう、だっておかしいよ!わたしの全部を愛してるなんて、こんなわたしを見てもまだ好きでいてくれるなんて!そんなの絶対おかしい!少女漫画みたいな、白馬の王子様みたいな。そんなの、現実にいるわけない!


「綺麗で純粋すぎて、わたしにはゆかりちゃんが何を考えているか分からない!」


 嗚咽と涙が混ざって、息をするのすら苦しい。

 でも、わたしの熱に浮かされた感情はそんな事おかまいなく全部吐き出て行った。八つ当たりにも程があって、酷いことも沢山言って。


 そっか。わたし、どこかでゆかりちゃんの好意を信じきれてなかったんだ。


「…………私はね、琴葉さん」

「うん」

「貴女の事を、すごくエッチな目で見てる」

「うん。………………へ?」


 あれ、なんか変なことがきこえたような?


「貴女の艶やかな唇を見て興奮するし、身長のわりに大きい胸を見て揉みたくなる!貴女が抱き着いてきたときには、理性がなかったらとっくに押し倒してるわ!」

「え、ちょっ、えっ………!?」


 な、なに言ってるのゆかりちゃん!?


「いつものキラキラしている貴女も、エッチで私の理性を破壊してくる貴女も、今の自己嫌悪で面倒くさくなっている貴女も!……私にとっては、どれも大好きな琴葉さんなのよ。私が憧れて、私をあの日見つけてくれた、愛しい琴葉さんなの」

「あっ……、んっ………」


 ゆかりちゃんと、唇が重なる。


 いつの間にか抱きしめられていたわたしの身体は熱くなって、手は自然とゆかりちゃんの背中に回っていて。

 目を薄く開けると、目を閉じて顔を真っ赤にしているゆかりちゃんの顔が見える。まつ毛長くていいなとか、髪がサラサラしてるなとか。でも、何よりもわたしが感じたのは。


「……ふぅ。そ、その、私の気持ち。改めてちゃんと伝わってくれたかしら」

「………うん」


 きっとわたしの今の表情は、ゆかりちゃんと同じだ。真っ赤な顔で、瞳が潤んで、すっごく恥ずかしそうな表情。


 そっと自分の唇をなぞる。わたしにとっては初めてのキスで、それがこんなものなんて知らなかった。初めては檸檬の味、なんてのは違くて、少ししょっぱいわたしの涙の味。


 初めてのキスなんて、女の子なら一度は夢見るシチュエーチョン。それを───


「───わたしの初めて、ゆかりちゃんにあげちゃった」

「ひゅっ…………!」


 いつも通りの変なゆかりちゃんの声が遠くに感じるくらい、わたしもぼーっとしてる。でも、すっかりさっきまでの黒い感情は萎んでくれてた。


「ゆかりちゃん、ありがと。何度も何度も、わたしはゆかりちゃんに助けられてるね」

「そ、そんな事は……」

「…………ゆかりちゃんに、ちゃんと向き合いたい。大切にしたい、大切にされたい」

「そ、そんなのもう告白……っ!」


「………文化祭。9月の文化祭に、わたしの気持ちを伝えるから。それまで、返事を待ってほしいの」


 あとたった3ヶ月。わたしの心がちゃんと動き始めてるのは感じれているから、きっと大丈夫。わたしの恋心は、ちゃんと育ってくれる。


 これが最後の甘え。わたしの全部を好きだと言ってくれたゆかりちゃんに、わたしの事を好きだと言ってくれたすみちゃんに。


「い、いいけれど……。どうして文化祭?」


 あ、あれ?


「もしかしてゆかりちゃん、うちの文化祭の事知らない?」

「え、ええ」

「うちの文化祭、2日目にフォークダンスがあるでしょ?そこで踊ったカップルって、絶対に別れないんだって!」


 そう、この文化祭の噂をネットで見つけたのもこの学校に来た理由!実はそういうロマンチックなのが大好きなのもあって、興味があって来たんだよ!まぁ、表向きはちゃんと頭がいいところを選んだのもあるけどね!


「ふふっ、琴葉さん、そういうの好きなのね」

「えへへ~、実はね!だからゆかりちゃん、わたしのそのわがまま聞いてくれる?」

「もちろんよ。琴葉さんが望むなら、私はそれでいいわ」


 ゆかりちゃんの優しい瞳には、笑顔のわたしが映っていて。いつも通りのわたしに戻れたことが、そしてわたしの全部をゆかりちゃんが受け入れてくれたことが。わたしは、何よりも嬉しかった。


 あ、でも一つ言わなきゃ!


「その、ね、ゆかりちゃん?」

「はい?」

「その……、キスくらいなら。えっと、え、エッチなのはダメだけどっ!キスなら、してもいいよ……?」


 うー……!す、すんごい恥ずかしい!で、でも、ゆかりちゃんにはいっぱい迷惑かけてるし、ゆかりちゃんもわたしに触れたい的な事言ってたし!


 わ、わたしも、キスってちょっと好きだし………。


「……琴葉さんって、本当に天然よね」

「え?た、確かにそう言われることも多い──んむぅ!?」

「んっ………………」


 わー!た、確かにしていいって言ったけど、すぐにする!?ゆかりちゃんって、もしかしてホントにえっちなんじゃないの!?

 で、でも、やっぱりちょっとキス好きかもしれない。なんだか、幸せ感がわたしに押し寄せてくるみたいな………。


「んはぁ………。わ、私の理性はそんなに強くないわよ!これも、琴葉さんが悪いのよ!」


 こ、今後の話をしただけなのにっ!もー、ほんとに──


「──ゆかりちゃんのえっち」

「はぁぁ………!」


 そうやって、ゆかりちゃんに抱きしめられて。いつの間にか、涙も出なくなっていて。


 わたしは一歩、恋心に近づけた。

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