第12話 大切な、わたしのすき達

 わたしの周りにはすきがいっぱいだ!


 ゆかりちゃんもすみちゃんもかのかも。お姉ちゃんもおばあちゃんも、クラスメイトの皆も、ぬいぐるみのみこすけだって!

 可愛いものも、カッコいいものも。きっとそのどれもが、わたしにとって何にも代えられない大切なわたしの一部。


 だけど、きっといつまでもこんな子供のままじゃいられない。


恋をされて恋をするというのは、その中から大切な1つを選ぶんだって。それは、わたしにはとっても怖くて。でも、そうあれたらきっと凄くカッコよくて。


 だから、その憧れが怖いものだなんて。わたしは全然知らなかった。



「つ、つかれた………」

「ふふっ、お疲れ様ですことちゃん♪はい、こちらお水です」

「えへへっ、ありがとすみちゃん!」


 放課後、グラウンドの端っこで休むわたしにすみちゃんが声をかけてくれた!さらにお水の差し入れまで!すみちゃんほんとすき!


「精が出ますね?流石は、クラス対抗リレーのアンカーです♪」

「まぁね!せっかく選ばれたんだし、全力でやらなきゃ!」


 差し迫る、6月のイベントの体育祭!


わたしはそのクラス対抗リレーの女子チームのアンカーに選ばれて、こうやって放課後に陸上部に混ざって走らせてもらってる。快く混ぜてくれたのも、クラスの友達のお陰だ。こういう時に、顔が広くって良かったなぁと実感する。


 もうとっくに真夏の気温のグラウンドは暑くて、運動部の子たちも音を上げている人が沢山だ。まぁわたしには、これくらいの気温どうって事ないんだけどね!あまりにすることがなさすぎて、お父さんと一緒にランニングしてたわたしを舐めないでほしいね!


「かのかちゃんはまだ走ってますね~。流石、元陸上部」

「だよね……。わたしと違って、かのかは持久力もすんごいからね!」


 初対面のTheギャルみたいな印象と違って、かのかは意外にも中学の時は陸上部でブイブイいわせてたらしい。中学の時の写真を見せてもらったこともあるけど、一体どういう経緯でギャルになったんだろう?気になるから、今度聞いてみようかな。


「ことちゃん、少し聞いてもいいですか?」

「うん?いいよ、なんでも聞いて!」

「ゆかりちゃんとは、その後どうですか?」

「ぶっふぅ!?」


 げほっ!お、思わず貰ったお水吹き出しちゃった……!と、というか!


「わたし、ゆかりちゃんとの事ってすみちゃんに言ったっけ!?」

「いいえ、聞いていませんよ?でも、ことちゃんは分かりやすいですね♪その反応しちゃったら、どんな意図の質問であれ何かあると分かっちゃいます♪」

「ぐ、ぐぬっ…………!」


 時々、すみちゃんはエスパーなんじゃないかと思うことがあるよ!


 でもそっか、わたしとゆかりちゃんの現状はもう知られちゃってるのか。


「どうして、知ってるの?」

「ゆかりちゃん本人と話しましたから♪」


 さらっと、笑顔でそんな爆弾をわたしに投げ込んでくるすみちゃん。それは、つまり、わたしに告白してくれた2人が話し合ったというわけで……。

 むかし、友達に借りた少女漫画でそういうシチュエーションを読んだことがある!いや、でもね?2人とも、そんなに喧嘩っ早い性格じゃないし……!で、でも一応聞いておいた方がいいのかな?


「もしかして、喧嘩とか……した?」

「……ふふっ、私達はそんなに喧嘩しそうに見えますか?」

「思ってない!というか、2人に喧嘩なんてされたら……。わたし、切腹しなきゃだから……!」

「もう、いつの時代なんですか♪」


 と、とりあえず2人の関係が険悪になっているという事はなくてよかった。


 …………険悪に、なってなくてよかった?


 わたしが話の中心にいて、どこまでも自分が原因のくせに。なんでわたしは、そんな離れたところから上から目線なの?それって、すごい傲慢な考えじゃない?


「ことちゃん?」

「………ごめん。わたし、ちょっとトイレ行ってくる!」

「え、ええ。行って、らっしゃい……」


 そうやって嘘をついて、顔を見せないようにすみちゃんから離れる。


 だって、今のわたしの顔を見られたくなかったから。傲慢で、醜くて、どこまでも薄情なわたしを、誰にも見られたくなくて。他人に甘えてばっかりなわたしを殺したくなる。


 校舎のトイレに入って、気持ち悪い思考ごと自分の顔を洗う。洗っても洗っても、鏡に映るわたしは消えてくれない。


はやく、はやく。ゆかりちゃんとすみちゃんに返事をしないと。そうじゃないと、わたしは自分の事をどんどん嫌いになっちゃう。2人の事を、きらいに………!


「琴葉さん?」

「…………えっ?」


 よく知ってる、綺麗な声。わたしのだいすきな、わたしを好きと言ってくれた人の声。


「なんで、ゆかりちゃん………………」


 いつの間にか、息切れをするゆかりちゃんがそこには立っていた。



「なんで、ゆかりちゃん………………」

「………偶然よ。それより、なにかあったの?」


 そうやって、なんとか笑顔で返す。走ってきた息切れは流石に隠すのは難しいけれど。


『ことちゃんの様子がおかしかったんです。でも、どうしてなのか私には分からなくって』


 グラウンドに琴葉さんとかのかさんの見学に行ったとき、そうやってすみれさんに言われた。彼女は本当に狼狽えた様子で、いつものほわほわした雰囲気すら消えていて。だから私は、琴葉さんを探すために走った。


 なんとか見つけた琴葉さんはトイレの鏡の前で、大粒の涙を流しながら自分の右耳を触っていた。その癖が、琴葉さんが自分の事を責めているときにする仕草だとなんとなく知っている。


 1人でそうして自分を責める琴葉さんは、自分を殺そうとさえしているように見えて。そんな姿を見たくないから、喋りかけずにはいられなかった。


「な、んにも、ない………。ちょっと、目に砂粒が入っちゃって」


 そんなわけがない。貴女の事は、私はよく知っている。まだ、私に全てを話してくれるまで信頼してくれていないの?貴女にとって、私はまだそうやって頼ってくれる対象ではないの?


 そんな考えが頭の中を支配してると、琴葉さんがごしごしと自分の涙を拭う。そうして、琴葉さんは私の手を握ってきた。


「ゆかりちゃんは、わたしの事好きだって、言ってくれたよね?」

「え、ええ」

「……………わたしも。ゆかりちゃんの事、好きになったよ」

「………………………………え?」


 ど、どうしてそういう話になったの?きっと、私にとって何よりも嬉しいはずの言葉なのに。私が、何よりも欲しかったはずの言葉なのに。


 どうして、貴女はそんな泣きそうな顔で言うの?


「だからね、ゆかりちゃん!わ、わたしと、その──」

「聞きたくないわ」

「────え?」


 その顔を見ればすぐに分かる。その言葉が、琴葉さんの本心でない事。貴女をずっと見てきた私であっても、そんな私でなくても。


 だから聞きたくない。こんな状況で、そんな表情で。私が聞きたいのは、そんな貴女の言葉なんかじゃない。


「琴葉さん、何があったの?お願い、私に話してみて」


 あの日、私は貴女にどこまでも踏み込んでいくと決めたもの。貴女が拒絶しても、私はそれに屈しない。そのくらいの覚悟で、意外と面倒くさいに向き合いたい。


 そうすることで、きっと、胸を張って貴女の隣にいれるから。

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