第8話 朝比奈すみれの好きな人

 突然ですが、私には好きな人がいます。


「あー!かのかがわたしのチョコとった!」

「いいじゃんいいじゃん♪代わりにあたしのグミあげるから!はい、あ~ん」

「んむっ……。美味しいから不問に処す………」

「さーっすがあたしの琴葉!んもう、可愛いなぁ♪」

「もー、ほんと調子いいんだから!ね、すみちゃんもそう思うでしょ!?」

「うん、かのかちゃんは悪いですね~」


 私の横の席でそんなふうにじゃれあっている二人は、私の親友たちです。石見かのかちゃんと、香取琴葉ちゃん。二人ともとっても綺麗で可愛くて、そんな二人と一緒にいれるだけで私は幸せな気持ちになるんです。


 おっと、それよりも好きな人の話でしたね。実は私の好きな人は、すぐ目の前にいます。


「んえ?どしたのすみちゃん、何かわたしの顔に付いてる?」

「いえ、今日も琴葉ちゃんは可愛いな~って」

「もー、すみちゃんまでわたしを揶揄う~!」


 貴女のその可愛い顔を見ていたと知ったら、貴女はどんな反応をしますか?授業中の横顔、得意な運動中の顔、こうやって私に笑いかけてきてくれる顔。私がずっと貴女を目で追っていると知ったら、貴女は照れてくれますか?


 きっかけは11歳の頃。


私の父は所謂転勤族で、地方を飛び回っていました。わたしは母と東京に住んでいましたが、その夏は父の赴任している地方に遊びに行ったのです。

 何もない、コンビニすら歩いていくのが億劫になるほど遠い田舎。父の急遽入った仕事によりお留守番をしていた私は、暇になったからと少し散歩をしようと家を飛び出しました。


 その日は例年より暑くて、セミの鳴き声がよく聞こえていました。好奇心のまま道なき道を進み、疲れたから帰ろうと思い立った頃には既に迷子。どうしようもなく幼かった私は、自分が迷子だと気づいた瞬間にそれはもう泣きました。ふふっ、本当に子どもだったんです。


『ねぇ、どうしたの?迷子?』


 蹲っていた私の頭上からかけられた声に顔をあげると、そこには一人の女の子が立っていました。

 整った顔立ち、大きくてキラキラした瞳。その子は片手に網を持っていて、白い帽子を被っていました。私は、彼女に一目ぼれをしてしまったんです。


『え、っと、道、わからなくって………………』

『見たことないし、ここらへんの子じゃないね!わかった、道案内したるわー!』


 照り付ける太陽より眩しい彼女の笑顔は、いとも簡単に私を恋に落としました。

 小さいころから男の子は苦手で、でもクラスの皆はあの子がカッコいいなんて話を良くしていました。だから、恋というのを自覚したのはその時だったんです。


 私の家に戻る道すがら、色んな話を彼女としました。ここの周辺の話、私の住んでいる東京の話。寄り道をして綺麗な川で涼んだり、一緒に虫取りをしたり。どれもが私には新鮮な体験で、気づいたころにはすっかり日が暮れて私の家の前に居ました。


『楽しかったねー!ねえ、いつまでこっちにいるの!?』

『えっと、一週間くらいかな』

『じゃあ、明日も遊べるね!』


 知っている人が父しかいない場所で、その言葉は何よりも私を救ってくれたんです。明日も彼女と会えるというだけで、自分の心臓の脈打つ音が鮮明に聞こえました。


『あ、あのっ………』

『ん?なーに?』

『名前、教えてほしい……』


 そう言うと、彼女は飛び切り可愛い笑顔を作って私の手を自分の手で包んでくれました。


『わたしは香取琴葉!そういえば、自己紹介してなかったっけ!あなたは?』


『わ、私は朝比奈すみれ、です』

『えへへ、じゃあすみちゃんはもう友達だ!わたし今日一日で、すみれちゃんの事だいすきになっちゃった!』

『だ、だいすき!?』

『うん、だいすきっ!』


 そのだいすきが私と違うものだと分かっていても、それだけで私の心は満ち足りてしまったんです。


 だから、東京に帰る日はそれはそれは泣きました。お母さんに泣きついて、お父さんに八つ当たりして。そんな私を鎮めてくれたのは、やっぱりことちゃんで。


『はい!これおまもり!』

『ふぇ…………?』

『どんなに離れてても、絶対に縁?が切れないんだって!おばあちゃんから貰ったんだから、まちがいないよ!』


 にぱーっとした笑顔で貴女がそう言うから、私はまたねと言って東京に帰れたんですよ?そこから4年間も会えなかったから、それはそれは不満だったけど。それでも、今でもカバンに忍ばせているそのお守りのお陰で、ことちゃんに会えたから。


『ねぇ、あの子めっちゃ可愛くない!?』『お、おい、お前声かけて来いよ』『ほんと、お人形さんみた~い!』


 入学式の日、周りがそうざわついているのが聞こえてきました。あんまり皆が色めきだっているから、てっきり芸能人でもいたのかな、なんて。


 でもその視線の先にいたのは、芸能人よりもずっと会いたかった人。その姿を認識した瞬間に、私は彼女の方へ走り寄っていました。


『ことちゃん!』

『へえっ!?』


 横から思い切りことちゃんに抱き着いて、それだけで心が幸福感に包み込まれる。パッと我に返って見たことちゃんは、あの時と何も変わっていなかったんです。


 元々可愛い系だった顔はさらに可愛くなって、よりはっきりとした美少女になっていて。髪の毛は私より明るい茶色と、鮮やかな赤いインナーカラー。身長は160cmの私より5,6cmくらい低いのに、きっと男の子は悩殺される均整の取れた身体。もちろん、私も一瞬で悩殺されてしまいましたけどね。


 でも───


『ええっと、ど、どなたでしょうか?』

『……………え』


 ───そんな言葉を投げかけた貴女を、私は一瞬だけ嫌いになりかけたんですよ?


 私にとっての何よりも輝いていた思い出は、きっと貴女にとってはなんて事のない夏のひと時。それを理解して、心が崩れそうになりました。

 でも、それもほんの一瞬。


『……………めっちゃ可愛い!』

『え?』

『すっごく可愛い!たぶん、同じ一年生だよね!わたし、実はこの高校に知り合いがいなくて、一緒に体育館まで行こっ!わたし、香取琴葉!』


 太陽のように眩しいことちゃんの笑顔に釣られるように私の顔は自然と紅潮して、心臓が破裂しそうなほどに高鳴るんです。きっと、私はことちゃんに対してはチョロいんでしょうね。それもこれも、ことちゃんが悪いんですよ?


『………はい、私は朝比奈すみれです。よろしくお願いしますね、琴葉ちゃん♪』


 それでも、惚れた弱みですから。貴女が私の事を思い出すまで、いいえ、思い出しても。貴女の一番近くで、貴女を好きになり続けるんです。

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