第7話 私が、貴女に挑戦するために
「お、おじゃまします………」
「どうぞ~!あ、スリッパはこれ使って!」
「え、ええ……」
こ、これが琴葉さんの家……!一人暮らしというのは知っていたけれど、本当にちゃんとしてる……。というか良い匂いがするせいで、思考が鈍っているような気がする。スリッパも猫柄でかわいい……。
「ゆかりちゃん?なんか挙動不審だよ?」
「そ、そんな事はっ!」
「ふふっ、変なゆかりちゃん」
わ、私はそんなに挙動不審に見えてたのかしら?そんな風に思っていると、琴葉さんがケラケラ笑いながら部屋まで案内してくれた。1LDKの部屋はとても清潔感に溢れていて、全部が輝いてるように感じる。
「えっと、とりあえずそこのクッションに座って!いまお茶だすね!」
「お、お構いなく……」
言われたとおりに紺色のクッションに座ると、そこからふわりと琴葉さんの香りがしてくる。安心できて、でも胸が苦しくなる特別な香り。
そんな匂いから意識を逸らそうと目線も逸らすと、ベッドの傍の大きな犬のぬいぐるみと目が合った。
「その子はみこすけ!小さいころに両親が買ってくれて、今でもお気に入りなんだ~」
「ひゃっ!?そうなのね、あ、ありがとう」
「いえいえ~!あ、隣しつれい~」
「っ!」
横長のクッションの私のすぐ横に、琴葉さんが腰を落としてくる。体温すら感じるこの距離は、本当に反則だと思うのだけど…………!はっ!本題に入る前に、少し聞いておきたいことがあったのよ!
「えっと、琴葉さん?その、家に呼んでくれたのは、私が始めてだったり……」
「ん?家族以外だと、入学式の前に地元の女の子の友達と、高校に入ってからはかのかとすみちゃんを呼んだから……。三番目かな?」
「そ、そう、よね……」
し、知ってはいたけど、琴葉さんは友達が多いのよね。同性の話しか聞かなかったとはいえ、もちろん異性で狙っている人もいるでしょうし……。
「それで、ゆかりちゃん?」
「え、ええ」
「今日じゃないと駄目なお話、聞かせてほしいな」
その言葉に、ドクンと心臓が跳ねる。琴葉さんといると嬉しい時に跳ねるはずの心臓は、そうでないこともあると知ってしまった。
でもきっとここで引いたら、琴葉さんとは友達ですらいられなくなってしまう。それだけは、絶対に嫌だ。
「……もしかして、私の告白は迷惑だった?」
「そんなことないよ?」
どうして貴女は、そんなに澄ました顔で。
「それは、本当に琴葉さんの本心?」
「もち!だって、すきって言われるの嬉しいし!」
そんな顔で、私の事を気遣えるの?
「なら、今ここでキスをしてもいい?」
「……………………………え、っと。ゆかりちゃんが、したいなら」
いつもの琴葉さんのように、私はズイっと距離を詰める。
それだけで、琴葉さんは目を瞑って私の事を受け入れようとしてくれる。きっとこのままキスをしても、琴葉さんは何も言わない。優しい貴女は好きだけど、その優しさは、残酷なくらいに私を踏み込ませないようにする。
ねぇ、琴葉さん。私はどうしたら、貴女にこれ以上踏み込めるの?どうしたら、貴女にそんな事をさせずに済むの?どうしたら…………。
「えへへ、ごめんね。わたし、意地悪だよね」
「えっ………」
さっきまで閉じていた目を開けて、琴葉さんは口を開く。そして私の胸元に頭を預けて、そのままぽつりぽつりと呟き始める。
「えっとね、ゆかりちゃんと一緒にいると自分を嫌いになりそうになるんだ」
「そ、それはどうして……」
「ゆかりちゃんはわたしに恋愛として、友情としての好きをくれる。だけど、わたしはゆかりちゃんに恋愛の好きをあげれてない。友情としてのすきばっかりで、ゆかりちゃんをずっと傷つけてる」
恋愛としての好きと、友情としてのすき。
わたしは琴葉さんに友情のすきを貰って、恋愛の好きが芽生えた。けれどそんな私の好きは、どんどん琴葉さんに負担になってしまっていた。
「そ、そんな事ない!私は、今は貴女といれるだけで幸せで……!」
「でもわたしがゆかりちゃんの立場だったら、きっとわたしはずっと泣いてる」
「そ、れは………」
「一か月間の、彼女(仮)。ぬるま湯で、心地よくて。でもきっと、ゆかりちゃんはその間にどんどん傷つく。傷ついて、きっとわたしを嫌いになっちゃう」
そんなことないと言いたいのに、喉が詰まって言葉が出ない。
この彼女(仮)が終わって、琴葉さんの返事を聞くときに。私は本当に、琴葉さんの事を一瞬でも恨まないのか。心のなかで、責めないと断言できるのだろうか。
「だから多分、もう終わりにした方がいいんだよ。きっと友達の方が、わたしたちには健全なんだと思う」
そう言って笑う琴葉さんの顔には、いつものような華々しさがなくて。
貴女の笑顔を奪ったのは、きっと私。何も言えない、中学生の時と何も変わっていない私。
そんな私を、変えるためにここに来たのでしょう。
『可愛くて綺麗で、クールなゆかりちゃんの事!わたしはすきだから!だいすきだからっ!』
そう言ってくれた琴葉さんの笑顔をずっと傍で見たくて、私は琴葉さんに告白したのでしょう。
大きく息を吸う。私のわがままを押し通すために、強い私でいるために。
「ねぇ、琴葉さん」
「うん」
「私は、貴女の事が好きよ。友情ではなく、恋愛として」
「……でも」
「私の気持ちなんて気にしなくていい、なんて言っても、貴女は出来ないでしょうね。その優しさは、貴女の何よりの美徳で芯にあるものだから」
そう、そんな貴女を私は好きになった。だからもう一度、ここに誓おう。
「彼女(仮)なんてなくていい。期間限定なんてなくていい。ただの友達として、接してくれて構わない」
「私は、貴女を私に惚れさせる。その為なら、貴女の罪悪感も利用する。だから、琴葉さんは気にしなくていいのよ」
半端に期間を設けて、今の関係に名前を付けるから私たちは失敗した。だから、そんなものは取っ払おう。そうしてまっさらな状態から、もう一度貴女に挑戦するのよ。
「…………ふふっ、ゆかりちゃんは悪い人だね」
「あ、貴女には言われたくはないのだけれど………」
そうして顔を合わせて、二人で笑いあう。
琴葉さんほどの極悪人に、私はこれまでの人生で出会ったことないもの。だって、貴女のその笑顔を見るだけで、こんなにも貴女を好きになっていくのだから。
「ゆかりちゃん!わたし今日、ず~っと言いたいことがあったの!」
「ええ、何かしら」
「わたし、ゆかりちゃんの事だいすきだよっ!」
私の好きとは違う、貴女のすき。それでも私の胸をここまで跳ねさせ続けるのだから、本当に琴葉さんは極悪人だ。
「私も、貴女の事が大好きよ」
きっと、すぐには交わらない貴女のすきと私の好き。
それでも交わる時を夢見て、私は貴女に挑戦し続けるの。大好きな、貴女の隣で。
△
「それじゃあ、私はこれで」
「む~、泊まっていけばいいのに。せっかく明日は休みなんだから」
「急に泊まるなんて、家族に言えないもの。………それに、耐えられる自信もないし」
「たえる?」
「こ、こっちのはなしよ」
あれからまたお喋りをして、21時を過ぎた段階でゆかりちゃんが帰ることになった。かのかもすみちゃんもお泊りしたんだから、ゆかりちゃんともしたかったなぁ。
結局、わたし達の関係は友人に戻った。でも、友達以上恋人未満という関係が近いんだと思う。今はまだ曖昧なこの関係に、いつか名前を付けられるように。わたしはこれからも遠慮なくすきをゆかりちゃんにぶつけて、ゆかりちゃんに好きをぶつけられる。
「わかったよ~。それじゃあ、また明後日学校でね!」
「ええ。でも、最後に一つだけ」
そう言いながら、ゆかりちゃんはわたしの頬に口づけをしてきた。
「好きよ、琴葉さん」
「う、うん………」
きっと、びっくりしただけ。
それでもゆかりちゃんのその行動は、わたしを赤面させてくれた。この恥ずかしいという感情も恋愛感情に繋がっていってくれるのなら、わたしもいつかは返事をできる。それはきっと、遠くないいつか。
その日が来るのを願って、わたしはゆかりちゃんを見送った。
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