第6話 彼女の好きと、わたしのすきと
「うわ~、めっちゃ大人っぽいカフェ!」
「ふふっ、その発言はちょっと子供っぽいわね」
「じ、自覚はあるんだからいいの!」
ゆかりちゃんとの初日曜日デート。最初に連れてこられたのは、本に囲まれた渋谷のカフェだった。
うーむ、やはり都会!わたしの地元のカフェと言ったら、むか~しからあるおじいちゃんとおばあちゃんが経営しているカフェだ。そんな昔ながらのっていうのも大好きだけど、東京に来たからにはこういう場所に来てみたかった!
キョロキョロと周りを見るわたしの手を引っ張って、店員さんに案内されるままゆかりちゃんと外の見える席に座る。おお、ここから見ると人がいっぱいだ!わたし達はあそこにさっきまでいたんだなぁ。
「すごいねゆかりちゃん!いつもこういう場所に来てるの!?お洒落さんだ!」
「え、えっと、そうね………。この一週間、調べに調べた結果だから、私も実ははじめて………………」
後半はあんまり聞こえなかったけど、こういうカフェが行きつけだなんてすごいなぁ!やっぱりゆかりちゃんも都会の女子高生だ!
「ありがとうゆかりちゃん!こんな素敵な場所を教えてくれて!」
「っ、すぅ~………。ええ、気に入ってくれたのならよかったわ」
そんな風に微笑んで、ゆかりちゃんは顔を真っ赤にして胸のところを抑えている。ゆかりちゃんはわたしと話しているときその仕草をよくするけど、そういう癖なのかな?なんだか、面白い仕草だなぁ。
「むむむ……、わたしはミルクティーにしようかな。ゆかりちゃんは?」
「私は、そうね……。カフェラテにしようかしら」
「わかった!すみませーん!」
そうして、カフェでわたし達はお喋りをすることになった。
ゆかりちゃんの話す話題は難しいのも多くて、でもそれがゆかりちゃんのクールさの基になっているのかなとも思ったり。わたしもいつか、こんな風に頭のいい話題を話せる日が来るかな?
「琴葉さん?どうかした?」
「え?あはは、ゆかりちゃんのお話は難しいな~って!」
「えっ、あっ、ご、ごめんなさい……!わ、わたし──」
「でもそんなお話ができるゆかりちゃん、すごくかっこいいなって思ったの!」
ゆかりちゃんは本当に頭が良くて、そういうところを沢山尊敬している。そんなゆかりちゃんのお話はあんまり理解ができないけど、そのお話をしているゆかりちゃんはとっても可愛いからすきなんだ!
「はぁ………………………………、好き」
「え?あ、ありがとう?」
ゆかりちゃんは項垂れたまま、そんな嬉しいことを言ってくれた。
でも、ゆかりちゃんの好きとわたしのすきは違う。いっぱいすきって言いたいけど、わたしのすきはきっとゆかりちゃんを傷つける。この一週間で、好きと言ってくれる相手に好きと言えないのは、こんなにも苦しいものなんだと気づいた。
そうして告白の返事を待ってくれているゆかりちゃんは、きっとわたし以上に。
「ねぇ、ゆかりちゃん。どうして、わたしの事を好きになったの?」
ぽつりと呟いたその言葉に、ゆかりちゃんは顔をあげてわたしの方を見る。顔は相変わらず真っ赤なままで、机に置いていたわたしの手に自分の手を重ねる。真剣な眼差しをわたしに向けて、ゆかりちゃんは話を始めた。
「初めて私と会話した時のこと、覚えてる?」
「えっと、校舎裏のベンチでのこと?」
「いえ、その1日前。入学式の日ね」
入学式の日……。あれ?あの日、ゆかりちゃんと話したっけ?
「そうよね。学年3美少女の琴葉さんには、あれは普通の事よね。きっと、記憶にも残らない」
「ちょっとまって!?なにその渾名!?」
「あら、知らない?石見かのかさんと、朝比奈すみれさんと、香取琴葉さん。みんな、貴女たちの事をそう呼んでるわよ?」
薄く微笑みながら、とんでもないことを暴露してきたなゆかりちゃん!?確かにかのかとすみちゃんはそう呼ばれるくらいの美人ではあるけど、ただの田舎娘のわたしはそう呼ばれるには相応しくないんじゃないかな!?
「し、しらなかった……」
「いきなりそんな人に落とし物を届けてもらったんだもの。いくら私でも、すごく記憶に残るわよ。恋愛的に気になっていったのはその次の日だけど、きっかけはその時ね」
落とし物を届けたなんて、そんな些細なことがきっかけで恋愛感情が生まれる。少女漫画や御伽噺みたいな、綺麗なきっかけ。
わたしはそんな風に思ってもらえるくらい容姿に自信はないし、性格もいい人間じゃない。
もし、わたしがゆかりちゃんの立場だったなら。なんて、そんなのは考えるだけ無駄かな。結局のところ、わたしとゆかりちゃんは別人なんだから。
「貴女にはきっと、なんでもない事なんでしょう。それは当たり前で、誰にでも優しくて、きっと私もその他の友人のひとり」
「わ、わたしはそんなに出来た人間じゃ……」
「でも、私はそんな貴女に恋をしたの。女の子同士だとか、会って日が浅いとか。そんなの関係ないくらい、わたしは琴葉さんを好きになったのよ」
わたしにはない、ゆかりちゃんの好き。すごく綺麗で、強くて、重くて、純粋な好き。わたしのすきとは別の方向の、とっても深い想い。
ゆかりちゃんの重なった掌があったかくて、そこからも想いが伝わってくる。
その想いに応えたいのに、わたしのすきは好きに成ってくれなくて。
「ありがとう、ゆかりちゃん」
結局わたしの口から出たのは、そんな何でもない感謝の言葉で。
「行こ、ゆかりちゃん!次のデートの場所!」
わたしに出来ることなんて、決められた彼女(仮)役を守る事くらいだった。
△
そうしてわたし達は、カフェを出てデートを再開した。
ウィンドウショッピングをしたり、街中を散策したり、プラネタリウムを見たり。ゆかりちゃんのデートプランは楽しくって、時間はあっという間に過ぎていった。
家族じゃない誰かと手を繋いで歩くのも新鮮で。新鮮な都会の風景も、綺麗なゆかりちゃんの横顔も、わたしには全部が輝いて──いる、はずだったのに。
わたしの行動は間違っていないのかなとか、なんで彼女(仮)なんてしているのだろうかとか。そんな自責だけが頭のなかでぐるぐる回る。
すきって言いたいのに、好きとは違うから言っちゃいけない。恋がよく分からないわたしといても、きっとゆかりちゃんは幸せになれない。
恋人と友達の区別ができないわたしは、どうすればいいのかも分からない。
「もうこんな時間ね。琴葉さんは、その、楽しかったかしら?」
「もちろん!ありがとうゆかりちゃん!今日は楽しいデートだったよ!」
「そ、そう…………」
本心のはずのこの言葉も、自然とした笑顔も。今のわたしには、その全部が嘘にしか思えない。
苦しくて、辛くって。だけど、ゆかりちゃんには楽しかったって思って貰いたい。わたしの事を好きだって言ってくれたゆかりちゃんには、こんな醜いところを見せたくなんかない。
「それじゃあ、今日はここで!ありがとうゆかりちゃん!また明日、学校で!」
きっとこれ以上一緒にいたら、ゆかりちゃんはわたしの事を嫌いになる。一晩寝れば、気持ちの整理もつくはずだから。大丈夫、大丈夫。
明日にはきっと、いつも通りのわたしに戻ってるから。
「ま、待って!」
わたしの手首をゆかりちゃんが握って、改札に向かっていた足が止まる。振り返ると、そこにいたゆかりちゃんはすごく必死な顔で。わたしの事を心配してくれているような。
だから、わたし達の間に線を引いた。
「ん~、どうかしたのゆかりちゃん?もうそろそろ電車出ちゃうから、ダッシュじゃないと間に合わなくなっちゃう!」
「そ、そうね……。でも、えっと……」
「お話なら、明後日のお昼休みに!ね、今日の感想もいっぱい言いたいし──」
「明後日じゃ、きっとダメなのよ」
そう言ったゆかりちゃんはわたしの手を引いて、自分に引き寄せ抱きしめてくる。ゆかりちゃんは震えているのに、抱きしめる力は強くて。
「ゆかりちゃん、ちょっと痛い、かな」
「ええ、力をいれているもの。でも、私は好きな人にそんな顔をしてほしくないから。だから、琴葉さんの今の思いを言ってくれるまで離さない」
………………わたしは、ゆかりちゃんを誤解していたのかもしれない。もっとずっと押しに弱い子だと思っていたから、きっと今のわたしをそのままにしてくれるって思ってたのに。
引いたはずの線を踏み越えて、わたしに踏み込んできてくれた。そんなゆかりちゃんに、わたしの大切な友達のために。
「……もう、ありがとゆかりちゃん。それじゃ……、わたしの家、来る?」
「ええ。……えっ、えぇ!?」
わたしも、頑張りたいとおもった。
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