第5話 初デート日和!

 私に初めて彼女(仮)が出来てから、初の日曜日。睡眠時間を削りに削った5月初週の、よく晴れた日。


「ど、どうかしら?似合ってる?」

「んふふふふ」


 私の話を聞いているのかいないのか、デートの為の服装を自分なりに見繕った私を、お母さんはひたすらニマニマと笑っているだけ。


「ちょ、ちょっと、それはどういう笑いなの?」

「え~、だってだって!お母さん、今日までゆかりちゃんのお話聞いてたから~、なんだか嬉しくなっちゃって♪」

「い、今はそういうの望んでいないのだけど……」


 確かにこの一か月間、私はお母さんに琴葉さんの事を相談していた。琴葉さんの事を恋愛的な意味で好きというのも、彼女と疑似恋人になれたことも。私には友人が琴葉さんしかいないから、相談できる相手は自然とお母さんだけ。お父さんに言うのも気が引けるし、妹に言うのは姉の尊厳的に憚られるし。


「だいじょうぶ、ゆかりちゃんは私に似て綺麗なんだから。きっと琴葉ちゃんも綺麗って言ってくれるわよ!」


 そう自画自賛しながら、私に音が聞こえそうになるくらいのウインクをしてきた。

 妹と母は似ていて、その眩しさは私にはないものだ。でも、今日は少しだけその強さを借りようと思う。この一か月の間に、私はなんとしても琴葉さんを恋人にしたいのだから。


 そんな風に決心をすると同時に、リビングのドアが開く。そこには寝巻着を着たままの妹──伊勢ゆみりが現れた。


「おかーさーん、朝ごはんなに……。あれ、お姉ちゃんどったのそれ?どっか行くの?」


 寝ぼけ眼の妹は、私の服装をジロジロと見てくる。ファッションに関してはお母さんにも太鼓判を押してもらったから大丈夫だとは思うけど、そんなに私が着飾っているのが珍しいのかしら?まぁ、珍しいわよね。


「な、なに?」

「お姉ちゃん、デートでも行くの!?なんかガチ過ぎない!?」

「こらゆみりちゃん!あんまりお姉ちゃんを茶化さないの!」


 ……………そ、そんなにガチ過ぎるかしら?確かに服を着ているというより、服に着られている感は若干否めないけれども……。


「へぇ……。よし、ちょっと待ってて!」


 そうしてどたばたと階段を上ったかと思えば、数分して降りてくる。そんなゆみりの手にあったのは、よくゆみりが付けている一つのイヤリングだった。


「はーい、ちょっと動かないでね~」

「ちょっ……」


 ゆみりは手慣れた様子で、そのイヤリングを左耳に付けてくれた。


「うん、似合ってる!私のお気に貸してあげるんだから、これでバッチリ相手の男の子のハートを掴んできて!」


 お母さん譲りのウインクを私にしてきたゆみりを見て、もしかしたらゆみりに相談するのも悪くないのではと思った。琴葉さんと同じ属性だし、ゆみりと話すことで何か見えてくることもあるのかしら。


 でも、デートに行く前にゆみりの誤解を解いてあげないと。


「ありがとうゆみり。それじゃあ、行ってくるわね。それと──」


「──私が好きな相手は、女の子だから♪」


「………ええっ!?ちょ、まっ!」


 ごめんなさいゆみり、もう待ち合わせの時間だから。話は帰ってからね。



 心が弾む。きっと今の私は、誰よりもウキウキで歩いている。


『可愛くて綺麗で、クールなゆかりちゃんの事!わたしはすきだから!だいすきだからっ!』


 あの琴葉さんの言葉を受けて以来、私は完全に琴葉さんの事を恋愛的に好きになった。琴葉さんは全くそういう目で見てきてなかったのに、あの言動と表情は反則でしょう。だから少なくとも、琴葉さんにも少しばかりは非があると思いたい。


 でも、私の意思は変わらない。琴葉さんがその気じゃないなら、琴葉さんを絶対私に夢中にさせる。恋愛的な意味で、好きだと言わせてみせる。


 そんな意気込みを再確認したところで、私はようやく待ち合わせ場所の駅前に着いた。待ち合わせまではあと20分。気持ちを落ち着けるにはきっとちょうどいい時間かしら。


 琴葉さんの私服……。私みたいにパンツスタイルじゃなくて、スカートなのかしら?学校ではそれなりにミニだけれど、ロングスカートも可愛いわね。というか、琴葉さんなら何を着ても可愛く着こなすのかしら。ええ、きっとそうね。


「あ、ゆかりちゃ~ん!」


 ほら、琴葉さんの事を考えすぎて幻聴まで聞こえ始めたわ。まだ20分前なのに、琴葉さんが来ているはずはないもの。


「も~、ゆ・か・り・ちゃ・ん!?」

「ひっ!?」

「あ、ようやく気付いた!えへへ、お待たせ~」


 にぱーっとした笑顔を私に向けてくれる琴葉さんは、いつの間にか私の前に来ていた。


「……………かわいい」

「へ?どしたのゆかりちゃん?」


 ガーリー系統の、甘めなロングスカートスタイル。黒と紫を基調としたその服装は琴葉さんに合っていて、周囲にキラキラと淡い光が見えている。ええ、これは幻覚なんかじゃないわ。天使というより、女神みたいな………。


 言葉でなんて表現できないわね。可愛い、ええ、この世の誰よりも可愛い。


「ゆかりちゃんの服、綺麗めのクール系だ!すんごい似合ってるよ、綺麗だね!」

「あっ、ありがとう。琴葉さんも、その、可愛い、わよ……」

「えー、ほんとー?どうどう、都会の女子っぽい!?」

「え、ええ」

「やったー!ありがとう、嬉しい!」


 そう言って私の手を自分の手で包み込んでくる仕草が、なによりも可愛い。抱きしめて思いっきり愛を叫びたくなるほど可愛いのが、やはり琴葉さんの罪だと思う。というか、今は仮といえど恋人だからいいのかしら?


「今日は誘ってくれてありがとう!デートの場所もおまかせにしちゃったけど、ホントによかった?」

「デート……!え、ええ、私からそう頼んだのだし。それじゃあ、行きましょうか?」

「うんっ!」


 そう言った琴葉さんは、自然に私と手を繋いでくる。それに思わず驚いてしまった私をちらりと見て、一層眩しいくらいの笑顔になった。


「今日は、えっと、恋人さんだから!」

「は、はい………」


 やっぱり琴葉さんは私の事を好きなのではないかとか。でも琴葉さんはみんなにこういう事をして勘違いをさせてそうねとか。私服の彼女をこの目に焼き付けておきたいわねとか。


 そんな事よりも私の頭を支配していたのは、琴葉さんの細い指と小さい掌が可愛いという感触だった。と、というか手汗とかは大丈夫よね?


 ………………私、理性を保って今日を乗り切れるのかしら。

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