第4話 人生で初めての

「れ、れれれ恋愛的な意味!?そ、それは、その、じょーだんてきな!?」

「私、冗談はあまり好きじゃないの。それに、人生で初めての告白をそんな事に使わないわ」

「だ、だよね!!」


 こ、告白!ほんとのほんとの、ゆかりちゃんからの愛の告白!!な、なにがどうしてこうなったの!?女の子同士ってありなの!?というか、ゆかりちゃんわたしに対してそんな素振り見せて無かったよね!?


 お、おちつけ香取琴葉………。というか、これが愛の告白ならばお返事しなければでは?今までの人生で告白されたことなんてなかったし、しかも女の子からとは大分特殊なのでは!?ど、どう返事をすればいいの!?


 ちらりとゆかりちゃんを盗み見ると、とても涼しそうな顔でわたしを見つめている。うっすら朱に染まっているのも、なんというか綺麗……ではなく!


「え、えっとねゆかりちゃん……」

「ええ、なにかしら琴葉さん?」


 声が、詰まる。


 恋愛的な好きとは、わたしは無縁の人生だったんだ。なにせ中学は女子校だし、小学生の頃は周りに女の子しかいなかったし。そんなわたしが、きちんとした返事なんてできるのだろうか。


 もし、OKしたら?多分、わたしは楽しいだろう。ゆかりちゃんはとても大切な友達だし、きっとその延長戦の恋人にならなれると思う。

 けれど、それはいつか破綻する恋人だ。わたしはゆかりちゃんと、恋人らしいことをイメージすることが難しい。ドキドキしたり、ヤキモキしたり。それはきっと、いまのわたしには遠い存在だ。


 もし、NOと言ったら?ゆかりちゃんは優しいから、きっとわたしに遠慮して離れて行ってしまう。友達から、ただのクラスメイトの関係になると思う。

 そんなのはイヤだ、ゆかりちゃんとはずっと仲良しでありたい。友達として、あるいは親友として。これからの高校生活を、ゆかりちゃんと一緒に経験したい。


 ほんとにわがままで、どうしようもなく汚いわたしの考え。いいとこどりなんて出来ないって知っているのに、卑しくも欲張ってしまう。


「ねぇ琴葉さん、少し聞いてほしいの」

「は、はい」


 わたしが脳内でそんな葛藤をしていると、ゆかりちゃんが話しかけてくる。


「はいでもいいえでも、あるいはそれ以外でも。私は貴女の意見を尊重するし、貴女が望むようにありたい。だからもし悩んでいるのなら、私に言ってみてほしい。どんなものであれ、私はちゃんと受け止めるから」


 わたしの手を握って、真剣な表情で。

 やっぱり、ゆかりちゃんはとっても優しい。優しくて、強くて。わたしなんかとは、何もかもが違う。ただの憧れで都会に来たような女とは、何もかもが違うんだ。


 目の前の景色がぼやけてしまうのは、いつの間にかわたしが泣いているからだ。でもこんな状態でも、わたしは伝えなきゃいけない。伊勢ゆかりちゃんに、わたしを好きと言ってくれた、わたしの尊敬している人に。


「琴葉さん……。ご、ごめんなさい。やっぱり、困らせてしまっ」

「う、ううん、わたしこそごめんなさい。わた、わたし、告白とかされたの、人生で初めてだったから………っ」

「え?そ、それは冗談よね?」

「冗談じゃないよぉ……。だから、わたし、恋愛的な好きとか、分からなくってっ……!ゆかりちゃんは大好きなのに、もしそんな気持ちで付き合ったら、ゆかりちゃんを傷つけちゃうって……」


 情けない。きっとすごく勇気を出して告白したゆかりちゃんの方が泣きたいはずなのに、どうしてわたしが泣いてしまうんだろう。泣き止んでと願っても、自分の情けなさにも涙が出てきてしまうから、とても悔しい。


「………私のこと、嫌いにはなってない?」

「なってないよ!わたしはあの日からずっと、ゆかりちゃんの事がだいすきなんだよぉ……」

「っ!そ、そう……。ほら、泣き止んで琴葉さん。ありがとう、私の為に泣いてくれて」

「うにゅう……」


 ゆかりちゃんがハンカチでわたしの涙を拭ってくれる。されるがままに涙を拭かれると、その先には吹っ切れた微笑みを見せるゆかりちゃんがいた。


「1つ、私から提案があるのだけど。聞いてくれる?」

「うん……」


 ゆかりちゃんは一瞬胸を苦しそうに抑えて悶えたのち、さっきまでとは違う真っ赤な顔で話をしだした。


「私は琴葉さんと恋人になりたい。琴葉さんは恋愛感情がいまいち分からない。この認識であってるわよね?」

「そ、そうだね」

「ここからが提案なのだけど、とりあえず1か月くらいね。このお昼の昼食の時間と、日曜日を私に欲しいの。その、疑似恋人的な」

「お昼休みと、日曜日?」

「放課後は貴女も他の友達との付き合いがあるだろうし、もちろん休日もあるでしょう?だからお昼休みと日曜日だけ、私に琴葉さんの時間を欲しいの。そうやって過ごしていく中で、貴女を絶対に振り向かせて見せるから」


 つまり、期間と時間限定の恋人関係。折衷案として、ゆかりちゃんはすぐにそれを考えついたんだ。

 もちろん、わたしには断る権利なんてない。もしその関係の中で恋愛的な好きをゆかりちゃんに抱けたなら、それはとっても幸せなことだ。


「えと、わたしはすごくうれしい提案だけど、ほんとにいいの?」

「私の提案だもの。それに、絶対琴葉さんを振り向かせるって心に決めてるから」


 そんな風に言い切ったゆかりちゃんは本当に美人で、少し見惚れてしまった。わたしにないものを、ゆかりちゃんは本当にいっぱい持っているなぁ。


 そうやって一通り話に区切りがついたところで、お昼休み終わり5分前のチャイムが鳴った。なんとも空気を読んでいるチャイムなのだろうか!はっ!というか!


「お昼ご飯食べてない!」

「そ、そうね。ごめんなさい、私の告白のせいで……」

「ううん、ゆかりちゃんは悪くないよ!えっと、あとで食べるから!それよりもう教室戻らなきゃ!ほら、行こ!」

「え、ええ」


 これから、わたしの学校生活はどうなるんだろう。でもきっと、楽しいことになるって信じてる!だって隣には、友達のゆかりちゃんがいてくれる!


 ………そういえば、お昼休みは恋人さんなんだっけ。もう戻らなきゃだけど、えっと、恋人らしいこと、恋人らしいこと~。あ、あれかなぁ?


「ねね、ゆかりちゃん!ちょっと屈んで?」

「えっ?い、いいけど、急にどうし──」


 屈んでくれないと出来ないくらい、ゆかりちゃんとは身長差があるのを今更気づく。わたしもゆかりちゃんくらい身長があればなぁ。


 そんなことを考えながら、ゆかりちゃんの頬にキスをした。


「──ひぇ?」

「わたしの初キス、なんだけど……。えと、今は恋人だから……。えへへ、これからよろしくね!ゆかりちゃん!」


 でも、頬にキスくらいならノーカンかな?中学生の頃も、ノリで女友達からされたことあったと思うし……っ!?


「ゆかりちゃん!?鼻血でてるよ!?」

「………………………………やっぱり、琴葉さんは悪人だわ」

「なんでぇ!?」


 そんなこんなで、香取琴葉、高校一年生。梅雨が見え始める5月の空と、いつの間にかわたし達の足元で眠っていた猫ちゃんの前で。


 人生で初めての、彼女(仮)ができました。

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