第2話 伊勢ゆかりという人間
高校入学から2日目、私は見事にクラスから浮いていたと思う。
周りは明るく可愛い子や明るい男の子ばかりの中、私は終始無口な人間だった。声をかけるのも苦手で、声を掛けられるのも苦手で。お昼をクラスの女子みんなで食べようという誘いも、私は断ってしまった。
昔からそういう人間だったのだ。可愛いや綺麗と言われて友達になっても、その友達関係はあまり長くは続かない。そんな自分を変えたくて少し遠くの高校を選んだのに、結局私は何も変わらないまま。
「いやほんと、香取さんめっちゃ可愛い!」「ねーねー、石見さんってなんの化粧品使ってるの!?」「朝比奈さん、連絡先交換しよー!」「うわっ、香取さんと朝比奈さん並んだらめっちゃいい!ね、写真撮っていい!?」
後ろの方の席からそんな会話が聞こえてくる。ちらりと後ろを見ると、話題の中心には三人の女の子がいた。
石見かのか、朝比奈すみれ、そして香取琴葉。
私から見ても可愛くて綺麗なその三人の中でも、私が特に目を惹かれていたのは香取琴葉さんだ。
顔は小さくて、髪は淡い茶色に綺麗な赤のインナーカラー。身長こそ私より小さいけれど、出るところはしっかりと出ている綺麗な体型。この高校という単位でみても、かなり上澄みの容姿。何より気になったのは、その性格。
『あ、このプリント落としてたよ~!はいっ、どうぞ!』
『あ、ありがとう………』
説明の為に移動教室に行くときに、彼女はそう言って私にプリントを渡してくれた。突然で上手く返事できなかったけれど、私にはその時の彼女が天使のように見えた。
「えへへー、皆ほめ過ぎ!あ、わたしにも連絡先教えてー!」
そんな香取さんは、既に皆に囲まれたクラスの中心人物だ。とても性格が良さそうな彼女だったら、きっとこれからも。私なんかとは違う、きっと関わることもあまりない。
そう、思っていた。
△
結局、私は独りでその日の昼休みを過ごすことになった。教室で過ごすのはどうにも居心地が悪かったのもあって、外で食べようと校内を散策し始める。
ふらふらと学食のパンと水を持って歩いていると、校舎の裏に人気のない場所を見つけた。ベンチの周りにガーデニングがされてある、綺麗なスポット。
ええ、ここなら誰もいない。なんだかんだ、一人の方が気楽なのかも。
もし、香取さんみたいな子と一緒に昼食をここで食べられたら。なんて、頭の隅にそんな思考が混じる。まぁ、現実はそう甘くはないのだけれど。
そうしてパンを食べ始めて数分経った頃、一匹の猫が私の足にすり寄ってきた。首輪はついてるし、どこかの家のかいねこ────。
「おーい、伊勢さーん!」
「っ!?」
突然、私の名前を呼ばれる。軽やかで、綺麗で、甘くて、でも決して媚びてはいない。そんな、何時までも聞いていたくなる声。
その声の持ち主を私は知っている。そうしてその声の主は、私のすぐそばに走ってきた。
「え、えっと、香取琴葉さん………?」
「そう!ありがとう、覚えててくれて!」
にっこりと太陽のような笑顔に、思わず声が詰まる。その眩しさに思わず目が眩んで、少しだけ顔を背けた。そうしないと、香取さんと会話すらままならない。
「貴方は特に……。それより、どうしてここに?」
「猫ちゃんに釣られて!そう、伊勢さんの足元の子!えへへ、可愛いなぁ~」
そう言いながら、私の足元近くで猫を撫で始める香取さん。その撫で方が優しくて、思わず質問をしてしまった。
「……猫好きなの?」
「そう!というか、動物全般がすきかなぁ。伊勢さんはすき?」
「私はそこまで……」
「えーほんとに?ほらほら、こんなに可愛いよ~!」
そうやって香取さんは自然に私の手をとって、猫を一緒に撫でさせてくれる。私より小さい掌がとても可愛くて、仕草も表情も可愛くて。ポロリと本音が漏れる。
「ね、可愛いでしょ!」
「………………え、ええ。かわいい…………」
ハッとなって、思わず口をつぐむ。わ、私変なことを口走って………!い、いやでも、香取さんは気づいていない!?セ、セーフかしら……。
「伊勢さんはこの綺麗なスポット、いつから見つけてたの?わたし、こんなところがあるなんて知らなかった!」
「え、っと……」
私も偶然見つけただけ、なのだけど。
でも、香取さんが言いたいことはきっとそれじゃない。私がここに1人でいた意味、私がクラスの昼食の女子会にいなかった意味。
香取さんのその言葉には、言外にその意味が乗っている。
私の表情を見て、香取さんは一瞬暗い顔をする。それでも次の瞬間には先ほどのような眩しい笑顔で、私の横に座って語り掛けてくれた。
「ねね。わたしの話、少し聞いてもらっていい?」
「え……?」
要約すると、香取さんは田舎出身だということ。そして教室の都会の話題にあまりついていけず、一人ここまで猫に釣られて歩いてきたという事。
少し意外だったけれど、でも少しだけ親近感を感じる。香取さんも、私と同じように苦手なことがある。思っている以上に、香取さんは私と同じ女の子だった。
そんな風に私を気遣ってくれて、自分の弱みをさらけ出してくれて。私に寄り添ってくれる優しさに報いることは今の私には出来ないけれど、少しでも自分の事を話したいと思ってしまった。
自分を変えたくて、この高校に来たこと。それでも自分は中々パッとは変えられなくて、結局ここに逃げてきてしまったこと。
そんなつまらない話の最中にもきちんと相槌を打ってくれる姿に、私は香取さんの事を好きだという感情が膨れていく。最初はいいなと思っていただけなのに、それはしっかりと形を帯びてゆく。
「ご、ごめんなさい。昨日会ったばかりの香取さんに、こんな話……」
一人で喋りすぎてしまったかしら。少し反省をして、会話を終わらせようと───
「伊勢さん!」
「は、はい?」
した瞬間、香取さんが声をあげる。ずずいと顔を近づけてくる綺麗な香取さんの瞳を見て、自分でも分かるくらいに顔が真っ赤になる。
「わたしは伊勢さんの事がすき!」
「……………え?………………えぇ!?」
好き?すき、スキ………。好き!?そ、それは、えっと……。告白!?いきなり!?で、でも香取さんが恋人なら、うれし……。
「だからもっと仲良くなりたいの!だから伊勢さん、わたしと友達になってほしい!」
「そ、そんないきなり恋人────え?友達?」
「そう!え、っと……、ダメかな?」
「そ、そんなわけないわ!ええ、貴方が友達になってくれるのなら、嬉しい……」
わ、私は何を変な勘違いを……。でも、友達。あの香取さんと、友達になれたのなら。
………………でも、あのプリントを拾ってくれた瞬間から。私は貴女に、友達じゃない好きを抱き始めているの。
「やったぁ!新しい友達がゆかりちゃんで嬉しい!これからよろしくねっ!」
「っ!え、ええ、よろしくね。そ、その……、香取さん」
高校に入学して、初めて友達で気になる人が出来た日。その一日の事を、私はきっと生涯忘れないだろう。
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