ゆりこく!~わたし、なんでこんなに女の子にモテてるの!?~

上里あおい

第1話 初めまして、わたしの大親友!

 ちゅんちゅんと、ベッドの横の窓の外から雀の鳴き声が聞こえてくる。

 枕もとにあるスマホを見れば、時刻は7時をちょっと過ぎたところ。うん、これなら余裕で間に合う!


「おはようみこすけ~」


 ベッドの横に腰かけられている大きな犬のぬいぐるみ。幼いころにお母さんに買ってもらったそのぬいぐるみに挨拶をして、ポヤポヤした頭のままお風呂へ。

 寝相が悪いのかぼさぼさになった髪を整えるためにシャワーを浴びて、髪を整え洗面台で薄くメイクをする。今日は少しだけ、いつもより念入りに。


 新品のブレザーの制服に身を包み、新品の服の違和感を感じながら朝食として昨日の残りの肉じゃがとお米とお味噌汁。いかに華の女子高生といえど、お腹が空いては戦はできぬ!しっかりと朝食を食べてこそ、日中にしっかりと動けるのです!


 食器を片付ければ、後は細々とした学校の準備だけ。4月1日、お天気は晴れ!体調は万全で、気分は最高!


「よし、行ってきます!」


 進学するにあたり上京してきて、一人暮らしを始めたわたし──香取琴葉の華の女子高生ライフが始まる!



 そんな事を考えていたのが昨日の今朝の事。

 

「えー、ほんとー?」「そーそー、この前渋谷でさー!」「分かるー!ねね、香取さんはどう思う!?」


「んへぇ!?そ、そだね!わたしも皆とおんなじだよ!」


 高校生活二日目の昼休み。クラスのほとんどの女子たちと一緒になっての昼食の席で、わたしはパンを片手に既に打ちのめされ始めていた。


 つかれる!都会の女子高生、つかれる!

 ほとんどの子がしっかりとメイクをキメて、キャッキャキラキラのThe・女子高生!話題もついていけないものがほとんどで、とても田舎者のわたしが居ていい空間じゃない!眩しすぎる!


 中学までは女子高で、友達もそれなりに居た方で。だけど都会にすごく憧れがあったから、すごく頑張って上京してきたのです。いやぁ、地元のみんなは元気だろうか……。上京するときはすごく惜しんでお別れ会も開いてくれて、昨日も24時過ぎくらいまでは電話もしてくれて。


 うぅ、みんなの為にも都会の女子高生として強くあらねばなのに……!

 と、とりあえずここは……!


「ご、ごめんね!ちょっとお花を摘みに行ってくるね!」


「そう?いってらっしゃい!」「早く帰ってきてねー!まだまだ香取さんと話したりないし!」


 うっ、皆さん優しすぎる……!なんだか申し訳なくなるくらいだ……。


「うん!それじゃ行ってくるねー♪」


 そう言いつつそそくさと教室を後に、わたしはトイレに向かう。


 むー、都会とはさぞ恐ろしや。都会と言っても高校の中だけれど、それでもやはり田舎の中学校とは雰囲気が違う。

 トイレに向かう道すがら周りを見ても、何よりギャルの比率が高いのなんの!田舎だったらおばあちゃんとかにめちゃくちゃ言われるよ。かくいうわたしも茶髪に赤のインナーカラーを入れてるから、けっこう派手な高校デビューだと思ってたのに。


 ………………と、おや?


「猫ちゃん!?」


 廊下の窓から外を見ていたわたしの目に飛び込んできたのは、茶と白の毛並みが可愛い小柄な猫ちゃんだった。


 犬も猫も、というか動物全般が好きなわたし。一人暮らしをし始めてからてんで動物と接点がなかったから、どうにか触れ合いたい!わたしに少しでも田舎にいた時の気持ちを、癒しを欲しい!


「んふふふふ~、どこに行くのかな猫ちゃん~?」


 そんな一途な思いを抱いて、近くのドアから外に出て猫ちゃんを追いかける。とことこと歩く後姿を追いかけながら、猫ちゃんはどこに行くのか。中庭の端っこを通り、教室の外側を通り、体育館裏を抜け。


 ほ、ほんとにどこに向かっているんだろう。わたし、下手したら自分の教室に戻れなくなってしまうのでは!で、でも猫ちゃんは撫でたいし……!


 と、急に猫ちゃんが走り出す。


 気づけば綺麗な場所に出ていた。ベンチの周りにガーデニングされた植物が生えていて、いくつかの花が咲いている。そしてそのベンチには先人が居て、猫ちゃんはその女子生徒のもとに走っていった。


「……あれ?なんか、見たことあるような」


 黒く長い髪と、切れ長な目元。都会然としたギャルや明るい子が多いこの学校では逆に目立つ、落ち着いたお姫様のような姿。

 えーっと、確か入学式で見たっけ。ていうか、確かおんなじクラスの子だったような?そ、そうだよ!おんなじクラスの、えっと、自己紹介の時の……!


『伊勢ゆかりです。一年間、よろしくお願いします』


「おーい、伊勢さーん!」

「っ!?」


 明るくギャルっぽい子もすきだけど、昔からわたしの傍にいたのは冷静で綺麗な子だった気がする。伊勢さんの雰囲気は、なんとなくその子たちに似ている。


 わたしも猫ちゃんに習い、伊勢さんの座っているベンチに走り寄った。のだけど、伊勢さんのわたしを見る目が驚きに満ちているような。


「え、えっと、香取琴葉さん………?」

「そう!ありがとう、覚えててくれて!」


 覚えててくれた!うんうん、わたしも頑張って都会の女子高生をできてるみたいだ!あんなに派手な子たちがいる中で、わたしの事を覚えてくれているとは!


「えっと、貴方は特に……。それより、どうしてここに?」

「猫ちゃんに釣られて!そう、伊勢さんの足元の子!えへへ、可愛いなぁ~」


 伊勢さんの足元で丸くなっている猫ちゃんを撫でると、わたしの中に充足感が満ち満ちてくる!やっぱり、動物セラピーは大事!都会で徐々に減りつつあったわたしの疲れがどんどん癒されていく~。


「……猫すきなの?」


 ふと、猫ちゃんを撫でるために屈んだ頭の上からそんな疑問が降ってくる。伊勢さんの声は纏う雰囲気と変わらず、クールで綺麗な声だ。


「そう!というか、動物全般がすきかなぁ。伊勢さんはすき?」

「私はそこまで……」

「えーほんとに?ほらほら、こんなに可愛いよ~!」


 そう言いながら伊勢さんの手を掴んで、猫ちゃんを一緒に撫でてみる。この毛並みを堪能すれば、きっと伊勢さんも猫ちゃんがだいすきになるはずだ!


「ね、可愛いでしょ!」

「………………え、ええ。かわいい…………」


 なんだか顔が真っ赤になっているけど、それほど伝わってくれたのだろうか。うん、それならわたしも嬉しいものだ!

 あれ?今更だけど、どうして伊勢さんはここに1人でいたんだろう?


「伊勢さんはこの綺麗なスポット、いつから見つけてたの?わたし、こんなところがあるなんて知らなかった!」

「え、っと……」


 そんな風に問いかけた先の伊勢さんの表情は、どことなく影が見えて。それを見て少し悲しくなったわたしは、いつの間にか伊勢さんの横に座っていた。


 一人がすきな子、大勢が苦手な子、輪の中に入るのが嫌いな子。


 そういう子は今まで何度も会ったことがあるから、もしかしたら伊勢さんもそういう人なのかも知れない。


「ねね。わたしの話、少し聞いてもらっていい?」

「え……?」

「実はわたし、田舎から上京してきたんだ~。クラスの子はみんな派手で、明るくて。わたしの居場所、ここにあるのかな~って思っちゃって。そうやって癒しを求めて猫ちゃんを追いかけたら、ここにたどり着いたんだ~!」


 伊勢さんの表情は相変わらず影があるけど、それは少し和らいでくれたように感じる。少しでもそれに貢献できたなら、田舎娘の上京話も少しは役に立ってくれたかな!


 そんな小話を終えて、伊勢さんの手を握る。私よりちょっと大きい伊勢さんの手の熱は、心が温かい人の特徴だ。おばあちゃんに教えてもらったから間違いない!


 なんて思っていたら、ぽつりぽつりと伊勢さんが喋ってくれた。


「……私、昔から明るくなくて。暗い子だって言われて、自分を変えたくてちょっと離れたこの学校に来たの」

「うん」

「でも結局、私はすぐには変われなくて。香取さんやクラスの子たちみたくは、慣れなくって。だからみんなから逃げるように、人気のないところを探して……」

「……うん」

「ご、ごめんなさい。昨日会ったばかりの香取さんに、こんな話……」


 自分を変えたいなんて、そんな立派な話のどこが『こんな話』なんだろう。ただただ憧れで上京してきたわたしにとっては、とても眩しい話だ。

 わたしよりも立派で凄い伊勢さんを、わたしは尊敬する。そんな彼女と友達になれたら、どれだけ幸せだろうか。


「伊勢さん!」

「は、はい?」


 上京を決めた時も、今までの人生も。わたしが唯一誇れるのは、失敗を恐れないことだけだ!だったら、彼女に一歩踏み出そう!尊敬している、伊勢ゆかりちゃんに!


「わたしは伊勢さんの事がすき!」

「……………え?………………えぇ!?」

「だからもっと仲良くなりたいの!だから伊勢さん、わたしと友達になってほしい!」

「そ、そんないきなり恋人────え?友達?」

「そう!え、っと……、ダメかな?」

「そ、そんなわけないわ!ええ、貴方が友達になってくれるのなら、嬉しい……」


 わたしと友達になれて嬉しい!そんな言葉、わたしのほうが嬉しいに決まってるじゃん!

 そんな風に感極まったわたしは伊勢さんに──ううん、ゆかりちゃんに抱き着いた。


「やったぁ!新しい友達がゆかりちゃんで嬉しい!これからよろしくねっ!」

「っ!え、ええ、よろしくね。そ、その……、香取さん」


 そう言いながら真っ赤な顔で微笑むゆかりちゃんはとっても可愛くて、ゆかりちゃんと友達になれたこの日をわたしはきっと忘れない!


 高校入学の二日目、それがわたしの華の女子高生生活の始まりになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る