第3話

『どうしたの?』

バスタブに浸かるサエキの頭をエージェントが撫でる。長湯していたのか心配して入ってきたらしい。

『大丈夫。ありがとう。』

『それならいいけど・・・よければベットまで運ぼうか?』

『ううん、大丈夫。』

サエキはエージェントからタオルを貰うと体を拭いた。

ベットルームには柔らかな明かりがぽつぽつと灯り、いつでも眠れるようにと少し暗くしてある。

ベットに寝転がりエージェントの顔を覗きこむと彼は目を閉じて言った。

『時々夢を見る。サエキが困った顔をしている夢。』

『アンドロイドも夢を見るの?』

『わからない。でも・・・鮮明だ。ねえ、新しい仕事はどう?大変?』

サエキはエージェントにはシンフォニックのカウンセリングのことは話していない。

『うん、そうだな。なんとか・・・。』

『よくないの?部長に聞いたら緊急ダイアルよりは良いとか言っていたけど。』

叫び声とわけのわからない状況に比べたらいいのか?天秤にかけられずにサエキは笑う。

『・・・うん、どうかな。でも。』

『なに?』

『エージェント、君が送ってくれるメッセージのおかげで私は頑張れそうだよ。』

サエキが笑うとエージェントは恥ずかしそうにはにかんだ。

『それくらいなら・・・いつでもする。良かった・・・僕は役に立ててるね。』

『うん。勿論。ねえ・・・。』

体を少しエージェントに寄せてサエキが鼻をかすらせる。エージェントは優しく唇に触れると甘いチョコレートの味がした。




シンフォニックはいつも大胆だ。初対面のサエキにこれでもかと言うほど愛を伝えてくる。似ているとされるエージェントの顔がちらつきはしないが、時々見せる瞳の揺らめきがエージェントを思い起こさせた。

カウンセリングになりもしない。

サエキは病室の窓辺で椅子に座り煙草を吸う。やっと声が出るようになったシンフォニックは愛しそうにサエキを見つめた。

『サエキさん、煙草はあまりよくありませんよ?』

サエキはギョッとしてシンフォニックを見る。

偶然?それとも何?

『シンフォニック・・・あなた、何者?』

シンフォニックはベットに座ると体を揺らした。

『君が愛する者の一部。自分が残せるものは少ないことを知っていたから、こうして子供を作った。君は知ってるでしょ?』

『・・・0A。』

『そう、博士がね。博士はもう死んだけど、自分が出来ることを沢山教えてくれてね、あの惑星の中で実験を行った。子供を残したいけど、精子では駄目だった。卵すらも使えなくて、だから機械に頼ったんだ。人に近い形の。』

『アンドロイド・・・。』

『うん、正確にはアンドロイドなのかな?あれは人に近い。感情もあるし、少しの改良を加えれば子供だって為せる。君は知っていた?』

シンフォニックの言葉にサエキは顔を赤くして俯いた。確かに行為そのものは人と同じだ。

『フフ、ほら、あの担当医師はさ・・・シンフォニック自体に興味を持っているからいいけど、子供に目を向けたらどうなるのかなあ。』

サエキの背中がぞわりとした。

『シンフォニック・・・その事を・・・あの医師に?』

『言わないよ。』

シンフォニックは子供のようにキラキラと笑顔を輝かせる。

サエキは指先で燃える煙草を握るとジュッと皮膚が焼ける匂いがした。




アンドロイド0Aの希少価値について。そんな見出しが雑誌に付いた頃、シティでは0Aの狩りが行われていた。野蛮人たちに加えてアンドロイドまでもが狩りをする。地獄のようだ。

しかも特徴はシンフォニックに似た容姿で、数も少ないため血眼になっている。

サエキは雑誌を片手にシンフォニックの病室へ行くと、シンフォニックにそれを投げつけた。

『これは何?』

『何?』

驚きもせずシンフォニックは雑誌を拾い上げる。ペラペラと捲るとフフと笑った。

『何もしてない。君には誓える。』

『・・・なら、どうして?』

詰め寄るサエキにシンフォニックは愛しそうな瞳で微笑む。

『うん、多分・・・あの担当医師じゃないかな?』

『話したの?』

『いいや、君に誓うよ。断じて・・・。』

サエキは震える拳を握り締めるとシンフォニックを睨んだ。

『分かった。あなたを信じる。』

踵を返して病室を出るとシンフォニックの担当医師の下へと向かう。彼はサエキを見るや否や嬉しそうに駆け寄った。その顔にサエキは拳をたたきつけた。

わけも分からずに倒れこむ医師は震えながらサエキを見る。

『な、なんですか??』

『あなたがリークを?』

『リーク?』

サエキがアンドロイドタイプ0Aの名を出すと医師は嬉しそうに笑った。

『そう!そうなんです。シンフォニックが協力してくれたおかげで何と繋がっているか分かったんです。ええ!0Aですよ。それを論文に書いて、そしたら。』

彼が言い終わる前にサエキは前かがみの医師の顔を蹴り飛ばした。

『何をしたか・・・わかっていますか?』

鼻血に濡れた顔を拭い医師が怯えた目を向ける。

『な、何が・・・サエキさん、ぼう、暴力はいけませんよ?』

サエキは彼の前にしゃがむと冷静な声で言った。

『希少価値の高いものは命があろうとも物のように扱われます。扱う者が悪ければ命すら取られてしまう。あなたは医師でありながら、命の意味をわかっていない。』

『・・・しかし・・・アンドロイドですよね?』

当たり前の返答にサエキは頷いた。

『そうです。』

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