第2話

サエキとエージェントが二人きりで会う回数が多くなり、街を二人で歩いていた頃。ふと手がぶつかってサエキがエージェントを見た。

『あ、ごめん。ぶつかったね。』

『いいえ・・・あの・・・。』

エージェントの顔が赤く染まる。

『サエキさん、手を・・・繋いでも・・・いいでしょうか?』

『いいよ。』

恋人のように大きな手がサエキの手を包み込む。綺麗な瞳がサエキを映すと優しく微笑みが浮かんだ。

そうやって互いに距離が縮まり、ある日の晩、エージェントはサエキを家に誘った。

『もしよかったら僕の家に来ませんか?』

高校生のような文句にサエキはただニコリと笑いエージェントの家へ向かった。

二人が結ばれるのに時間はいらなかった。ただほんの一押し、言葉と暖かさが二人の距離を縮める。

ベットの上で寝転がるサエキにエージェントは泣き出しそうな顔をした。

『僕は・・・幸せを感じています。』

『うん。分かっている。』

二人の逢瀬は何度も重ねられ、幾月か過ぎては深く濃くなっていった。



シティに珍しく雨が降っていた。人降雨ではない雨だ。街の中を傘の花が咲く。

この時は電飾にも負けない色とりどりの花で街は華やぐ。

人と待ち合わせを終えてサエキは鞄の中に入れておいた端末を見た。

エージェントから数件もメッセージが入っている。終いには『好きだ』の文字。

サエキは自分の頬が熱くなるのを感じて両手で覆う。

その時、ビルのモニターが光り緊急ニュースが入った。

『本日、午後八時頃。惑星754WPR66でシンフォニックが発見されました。シンフォニックは有名なモデルで、衰弱状態で発見され・・・。』

繰り返しシンフォニックのニュースが伝えられている。足を止めた人々は自分の端末を手の中で確認し、大きな話題になっているようだ。

サエキはビルのモニターに映し出されたシンフォニックの顔をまじまじと見る。

確かにエージェントに似てはいるが、少し違う。

手の中の端末にある『好きだ』の文字をボタンで消して鞄に入れると歩き出した。




『え?もう一度言ってください。』

サエキの元にやってきた上司からの命令にサエキは立ち上がる。

『だから、そこへ行きカウンセリングをしてくるように。』

上司は当たり前のように書類をサエキに突きつける。

『ま、待ってください。今、私の部署は・・・緊急ダイアルであって。』

『ああ、そうだ。サエキ、君はだったろう?適格者を送る必要があるということだ。』

『しかし。』

上司は書類をサエキのデスクに置くと小声で言った。

『あちらからの指名だ。いいな?必ず命令には従うように。』

書類には極秘の印が押されている。

サエキは周りを見渡すと椅子に座った。この部署では各々がヘッドセットをつけているため人の会話を盗み聞きする者などいない。

小さな溜息をつき書類に目を通してから荷物を纏める。カウンセラー用のスーツに着替えて会社を出た。

スーツの胸にはネームプレートが付けられており、これがあることで何処へでも入れる。いわば特権というものだ。

サエキは指定の病院へ入る。大きな個室の部屋に案内されると中へ入った。

寝台にはまばゆいほどの光を持つ人がいた。シンフォニックだ。

『サエキです。ご指名どおりに伺いました。』

シンフォニックは嬉しそうに微笑むとサエキに手を差し伸べる。まだ言葉が喋れないのかにこにこと両手を差し出している。

サエキは仕方なくシンフォニックの手を握った。

『遅れて申し訳ありません。今違う仕事についていて。』

サエキがシンフォニックの目を見た時、説明のさなかに両手を引かれてベットに押し倒された。病室のライトがシンフォニックの髪を金色に光らせている。

『あの・・・。』

シンフォニックは当たり前のようにサエキにキスをして体に指を這わせた。

『シンフォニック!やめなさい!』

どんっと両手でシンフォニックを押し返すと、心底困った顔をしてこちらを見ている。サエキはベットから降りると服を調えた。

『何を?』

シンフォニックの唇が動く。

『君が好きだ。』




シンフォニックの担当医師との話し合い。サエキは腕組すると医師が書いていたホワイトボードに視線を移した。

『では、シンフォニックは記憶はない。しかし私のことは覚えていると?』

『そうです。』

医師はホワイトボードに無数の数字と計算式を書く。サエキは難しい顔をしながら目を閉じた。

『いや、わかりません。ちょっと待って。』

『何がです?』

『だから。私は一度もシンフォニックには会ったことがありません。』

『ああ、そこですか。』

医師はホワイトボードにまた何か書くと顔を上げた。

『それなんですが、シンフォニックの脳にはチップが埋め込まれています。それが記憶をつかさどる部分で、多分受信している?のではないかと。』

『受信?』

『どうしてそんなことになっているのかはわかりません。ただシンフォニックの体には無数の傷痕、縫合跡もあって。何か実験を・・・されていたのかも知れません。』

『モデルのシンフォニックが?』

『ええ、そうです。傷痕から見るに丁度0Aタイプが出た頃ではないかと思うんですよ。0Aは現存で数えるほどしかいませんよね?もしかしたら記憶を共有しているのでは?・・・なんて。』

医師は腕組すると我ながらいい考えだと頷いた。

『シンフォニックに伺いを立てたら、貴方を呼ぶなら協力してもいいと。』

『はあ?何ですか、それは。』

サエキは頭痛がして片手で押さえた。

『聞いたことのないカウンセラーでした。サエキさんはそんなに活躍されていなかったから、探すのに少し手間取りましたが居てよかった。』

この後医師は長々と話し、サエキは殆ど耳から流れ落ちてしまった。

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