第5話 車いすになった宮下氏の人生チェンジ
ちなみは宮下氏の言葉に、なかば呆れながら言った。
「そりゃそうじゃない。顔なしのグラビアなんて見たことはないわ。
とはいっても、男性の場合は、あまりイケメンすぎても飽きられるけどね」
宮下氏はため息をつきながら言った。
「僕も金につられて、いくところだった。
あのとき、身分証明証を提示しなくてよかったよ。
もし提示してたら、勝手に盗撮されて、身分証明証を盾にして、家族まで脅されてたかもしれなかったな」
私は答えて言った。
「そうね、一瞬でも身分証明証を見せてたら、もう撮影されている時代だものね」
宮下氏は答えて言った。
「僕は、一瞬のスリルを求めてスピード運転をした挙句、一瞬の不注意で、車いす生活になってしまった。
しかし原因はその当時、父母の仲が悪く、夫婦喧嘩が絶えず、その一瞬の空気がいやで、一瞬の刺激を求めるあまり、外出していたんだよ。
まさに人生は、へベルである一瞬の積み重ねだね」
ちなみは安堵したかのように言った。
「私は宮下さんの笑顔に一瞬ひかれ、話を聞いていくうちに不安と絶望で閉ざされていた心に、点滅するかのように一瞬の光がともったの。
それは一瞬の点滅状態から、細長い一筋の光へと変わっていき、私はその光に従っていこうと決心したの」
宮下氏の部屋の壁には、身障者地域委員の賞状の横に、身障者ラグビーの準優勝の賞状が飾られていた。
不思議と、十字架のペンダントがかかっていた。
まどかは思わず尋ねた。
「身障者バスケットは知ってたけど、ラグビーって身体ごとぶつかっていくでしょう。危険を伴う、ずいぶん勇敢なスポーツね」
宮下氏はすかさず答えた。
「僕はいつも、自分にチャレンジできることを、考えながら生きている、いや生かされているんです。
人は神によって生かされている。だから自分のエゴイズムよりも、損得勘定よりも、身近な人を大切にして生きていきたいです。
このことは、僕に与えられた神からの仕事であり、周りの人の精神を救うことが僕に与えられた使命だと思ってるんです」
私とちなみはその言葉に、感心したように聞き入っていた。
「でも、身近な人だからこそ、ケンカになったりするわね。
たとえば、この部屋でも、隣の人の音や匂いが気になったりすることはあるし、だいたいうまくいかない人って、いつも顔を合わせている身近な人が多いわね」
宮下氏は答えた。
「だからこそ、エゴイズムに生きるよりも、相手のことを理解する必要があるんですね。
たとえば、僕は今でも店のドアを開けるとき、後ろから「ああ、待たなきゃね」なんて聞えよがしで言われることがある。
でもその言葉に傷つくよりは、それを言った人もまた、人からせかされて困っている立場の人なんだろうなあ、もしかして仕事上の上司から、もっと早く仕上げてくれ、納期までに間に合わないじゃないかと、せかされて困窮しているに違いないと思いやるようにしてるんです。
そうしたら、一瞬でも相手と心がわかちあいそうな気がするんですよ。
このことは、車椅子になってから、ようやくわかったことですよ。
精神的にチェンジすることによって、僕は新しい人生を歩んでいるんですよ」
私は思わず言った。
「人は、人に受けたことを、周りに返そうとする。
家庭や周りから受けた教えを、学校で持ち込もうとする。
しかしその教えが時代に合っていれば問題はないが、そうでないと間違ったことを発言する時代遅れなんてレッテルを貼られかねないわね。
そのことが、いじめへとつながっていくケースもある。
時代が変わるにつれて、チェンジしなければ生きていけないわね。
今は老齢化社会であり、若い者にはついていけないなんていう人がいるが、それは私も同じよ。
私は今、三歳下の子とは話が合わないし、無理に合わせる気もない。
昔、新人類などという言葉があったらしいが、それはいつの時代でも同じよ。
チェンジするということは、努力することであり、同時にそうしなければ生き抜いていけない。
恐竜が滅びたのは、進化しなかったからだというわ」
ちなみも続けていった。
「歌舞伎が現在まで続いたのは、常に現代と合わせて進化したからだというわ。
時代に対して停滞したら、衰退し、しまいに老害になってしまう。
チェンジしないことは怠慢であり、日本人ということにあぐらをかいていると、外国人に仕事を奪われてしまうときが訪れるかもしれない。
私は演歌を歌うようになったが、いくらいい歌でも時代に合っていないと、忘れ去られてしまうわ。
時代遅れになってはいけないわね」
宮下氏は、答えて言った。
「僕はいつも、自分にチャレンジできることを考えながら生きているんです。
身障者が取り越し苦労をしたり、不安になると、緊張感から筋肉が硬くなり、腕が動かなって、車いすさえ自分で作動できなくなる恐れがある。
僕はいつも、いろんなことを考えることにしてるんです。
考えなくなったところにカルト、強制が忍び寄ってくる」
ちなみは深く頷きながら言った。
「悪党に限って、相手に考えるスキを与えないわね。
相手をビビらせ、恐怖感のあまり、頭が真っ白になり、自分の言いなりにさせようとする。
特に女性の場合は、性的虐待が原因で思考回路が止まってしまうこともあるわ。
そうなると、家畜のように悪党の奴隷になるしかなくなってしまうのよ」
私も答えて言った。
「どんなに困ったときでも、まず自分の力で考えてみることね。
渡りに船みたいに、困ったときにすぐ手を差し伸べてくれる人がいい人だとは限らないわ。
むしろ、一見親切そうな善人の仮面を被ってはいるが、その実は相手の無知につけこみ、体力のなさにつけこんで自分の言いなりにさせようとする詐欺のような悪党かもしれないわね」
宮下氏はパッと顔を輝かせて言った。
「この話は、ひきこもりの人への、精神的励ましにもつながるんですよ。
ひきこもりの人って、あまり人と接する機会がない。
だから、ネットでのフェイク話よりも、直接人の体験談を聞くことで、生きる息吹を感じられ、生きる希望につながっていくという人もいるんですよ。
人の世話をすることで、生きがいを見出すこともありますね。
僕は肉体的には世話をされる立場だけど、僕の話を聞いて、励まされる人もいる。だから、僕は常にチェンジし、チャレンジするチャレンジャーになっていきたいんですよ」
まどかは、昔、宮下氏の亡き母から聞いた、身障者にも与えるものはあるという言葉が実感として身に染みていた。
ちなみは答えて言った。
「私は今まで、自分が華やかな世界で、目立つ衣装に身を包むアイドルになりたいなんて漠然と思っていた。
でも現実には、アイドルがこんなに競争率が高いなんて想像もしていなかったわ。
今は、自分のためより人のために演歌を歌っていきたいの」
宮下氏はすかさず
「ちなみさんの演歌は、こぶしが利いていて声量があるから、聞いていてのびのびとした気分になりますよ。
少なくても僕の中では、演歌の女王ですよ」
ちなみは上機嫌で笑いながら言った。
「ワオー、そんな嬉しいこと言われたら、調子に乗っちゃいそう。
私は常に、弱い人の立場にたって歌っているつもりよ」
宮下氏は答えて言った。
「だから、ちなみさんの歌には情感がこもってるんだなあ。
もしかして、未来のスター一直線だったりしてね」
宮下氏とちなみは、顔を見合わせてアハハと笑った。
こんな自信に満ちたちなみの笑顔を、見るのは初めてだった。
苦労を乗り越えてきた人特有の、大きな笑顔だった。
私は車椅子の人というと、ネガティブなイメージを抱いていたが、宮下氏と接していて必ずしもそうでないことを実感した。
高齢社会において、車椅子の人はいくらもいる。
いや、もしかして将来は私もそうなるかもしれない。
人のために生きることこそ、自分が生かされる道であることを、確信していた。
これからAI化により移り変わる世の中において、便利になると同時に、それに比例するかのように詐欺のような、新しい犯罪が生まれ出し、毎日のように多くの被害者を出している。
いくら大金を持っていても、詐欺にかかると一瞬のうちに、溶けるように無くなってしまい、借金を抱え込むことさえもある。
しかし、自分のエゴイズムに生きるよりも、身近な人のために生きることこそが生き残る解決策であり、常にチャレンジャーとしてチェンジしていきたいと、私は実感していた。
END
勇気ある車椅子男性に希望をもらった すどう零 @kisamatuma
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