第2話 ちなみを襲った若者特有のわな
私はちなみからの電話に思わず毒づいた。
いくらちなみが、悪党に騙された挙句、脅されて私の写真を撮るように命じられたとしても、その時点でちなみは悪党の一員であり、下っ端である。
そりゃあ、スマホ写真をとることは、犯罪でもなんでもない。
だから、ちなみも罪悪感を感じることなく引き受けたに違いない。
しかし、これからちなみの身体に、取り返しのつかない恐ろしいことが起りそうな闇の予感がした。
ちなみは切羽詰まった声で、
「まさかまどかの写真が、風俗に利用されるとは、夢にも思っていなかったわ。
初めは、雑誌モデルの読者モデルに採用されると、聞かされていたの。
実は私、ソフト闇金から借金を抱える羽目になってしまったの。
それで、借金取りに借金返済の方法として、美人の読者モデルを探し、写真をとるように命じられたの。
これなら、お互いウィンウィンの関係だと聞かされていたの。
風俗に利用いや悪用されるとは、夢にも思っていなかった。
ああ、私は友達だと思っていた、まどかに合わせる顔がないわ」
ちなみの切羽詰まったなかば悲壮ともいえる言葉に、みじんも嘘いつわりは感じられなかった。
目立ちたがり屋で、そのくせ世間知らずでおっちょこちょい。
嫌われ孤立するのが怖くてNOといえない、気弱なところのあるちなみ。
こういう若者は、いつの時代でも付け入れられ、利用いや悪用されやすい。
しかし、このままちなみを放っておくと、ますます闇の世界に利用されることになりかねない。
私は思わず
「でも、どうして借金を抱え込む羽目になっちゃったの?
いや、それ以前にどうしてヤバイ系のソフト闇金から、借金なんてしたのよ?」
あたり前の質問だが、ちなみには言うに言われぬ事情を抱えた困った質問だということは、自分でも気づいていた。
ちなみは、急に沈んだ声でつぶやくように言った。
「実は私、水着グラビアのDVDを発売したんだけど、売れなくて製作費を自腹で抱え込むことになってしまったの」
ちなみは、多分AVプロダクションに所属していたのだろう。
非常に、よくある手段である。
まあ、ちなみのような平凡な無名素人のDVDなど売れる筈がない。
あらかじめ借金をつくらせるのが目的で、ちなみを利用したのだろう。
ちなみの声は、あきらかにうわずっていてどもり気味である。
もしかして、ドラッグにでも手を出しているのだろうか?
そうだとすると、取り返しのつかない状態になりかねないという、恐怖感にかられた。
ちなみは切羽詰まった口調で言った。
「もうこれ以上、私には近づかない方が、まどかの身のためよ。
私、かなりヤバイ世界に足を踏み入れそうなの。
いや、知らないうちに、もう抜けられなくなってしまったのよ」
やはり、私が危惧していた通り、ちなみは闇の世界へと引き入れられようとしている最中だ。
私の知っているちなみは、人懐っこくて気さくで、ちょっぴりエゴイストで
芸能好き、アイドル好き、ゴシップ好きで、週刊誌やネットのゴシップを八割方信じ込んでしまう、単純なところがあり、ちなみ自らもアイドルを目指していた。
しかしちなみの平凡な容姿では、スカウトされることもなく、街角でテレビロケをしていても、放映されることはなかった。
そのくせ、淋しがり屋で嫌われるのを恐れて、人にNOとは言えない気弱なところがあった。
ちなみ曰く
「女子クラスで一人でいたら、誰からも相手にされずに済むけれど、男女クラスで一人でいたら、悪目立ちしていじめの対象になりかねない」
などと言っていた。
もしかして、いじめられた体験があるのだろうか?
まあ、いつの時代でもちなみのような若者は存在する。
しかし、残念ながら悪党というのは、ちなみのような若者を手ぐすねひいて待ち構えている。
表面は、気さくでやさしい人生の先輩を演じて近づき、中身は貪欲な狼である。
初めは、凡人よりも善人を演じて、近づいてくるので要注意である。
ちなみはやはり、ドラッグをしているのだろうか。
まあ、若い女性をドラッグ漬けにして、売春への道に誘うのはアウトローの常套手段であるが、ちなみはその罠に引っかかってしまったのだろうか?!
そういえば、コロナ渦のせいで、大麻がオランダなどの大麻の合法国から日本に輸入されていて、未成年同志、野菜や葉っぱという名で販売されているという。
ちなみは、お人よしなところがあり、周りと同じことをしなければ嫌われるという恐れから、つい麻薬の仲間入りをしてしまったのだろうか。
一寸先は闇というが、ちなみのことは、決して対岸の火事では済まされないという予感がした。
普通の子こそ狙われ、絶好のカモにされる世の中なのだから。
幸か不幸か、いわゆるヤンキーと呼ばれる人こそ、人を見る目があり、家庭がうまくいかないという人間不信から生じた人に対する洞察力があるケースもある。
スポーツ新聞に風俗の宣伝材料に、無断借用いや本人の許可なしに無断利用されていたまどかのフェイク写真は、来週のスポーツ新聞紙からは消えていた。
やはり警察に相談した甲斐があったのだろう。
この一週間、まどかはちなみのこともあり、精神的ショックから軽いひきこもり状態になってしまっていた。
まどかは、今までひきこもりなんて、非社交的で弱い人の陥るネガティブ行動だとタカをくくっていたが、まさか自分がひきこもり状態になるなんて、想像もしていなかった。
自分は思っていたより弱い人間だということに、気づかされた。
いつかこんな言葉を聞いたことがある。
「自分はまわりと合っている、まわりから必要とされていると思い込んでいた。
しかしその実は、まわりが自分と合わせてくれていたにすぎなかった。
必要とされていると思っていたのは、ある意味、能力を利用されているだけにすぎなかった。能力というのは、一歩間違えれば、悪用される恐れもある。
そして、そのバックボーンには家庭や地域環境に恵まれていて、悪事を働かなかったというラッキーな事実のもとに、まわりが気を使っていてくれたに過ぎなかったのである」
多分、私もそれに当てはまっているだろう。
「悪事をはたらかなかった恵まれた人は、そうでない人を救う義務がある。
医者、弁護士、警察、それらはすべて社会のトラブルのもとに、成り立っている。人の悩みは、健康、金銭、人間関係というが、これらはスパイラルとしてつながっているので、どれが欠けても日常生活は、しんどいものとなる」
まあ、その通りだなあ。
しかし、医者も弁護士も、警察もいずれ、人の倍のたゆまぬ努力と危険と隣り合わせである。
今の私には、とうてい真似できない遠い世界でしかない。
一寸先は闇というが、まさにその通りである。
幸い、まどかは新聞配達をしているだけあり、筋肉がついていたので、心身共に丈夫になり、きわめて軽い症状で終わったことが不幸中の幸いだった。
まどかは、自分の軽いひきこもり体験を活かし、人を助けるために新聞配達の傍ら、介護の資格を取得するために、週に一度の介護学校に通うことにした。
なんと初日には、講師として車いすの男性講師、宮下あつしが現れた。
宮下氏は、元々は体育教師を目指している、女性にモテるプレイボーイだった。
しかし、八年前、体育大学一回生のとき、自らのスピード違反による交通事故で、車いす生活を余儀なくされていた。
人間の性格はそうそう変わるものではない。
宮下氏は、車いす生活を送りながらも、本来の明朗活発で社交的な性格を生かし、車いすバスケットに励んだり、相変わらず、女性を見たらポジティブに声をかけたり、カフェに誘ったりしていた。
勿論、車いすになった当時は、自殺を考えたが、その闇のトンネルを抜けると、なぜか生かされていることに感謝したという。
宮下氏は、家庭に恵まれていることも、幸いしていた。
家でじっとしているのが苦手で、出歩く癖も昔のままだったという。
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