勇気ある車椅子男性に希望をもらった

すどう零

第1話 新聞配達ガールを襲ったアダルトな誘惑

「あーあ、明日もちょっぴりしんどい朝刊配達。早寝しなきゃ」

 まどかは、いつものように夜八時に床についた。

 もちろん目覚まし時計には、夜中三時のアラームを設定している。

 これは、明日の朝刊配達の準備である。

 しかし、いつまで体力が続くのか、少々不安でもある。


 私、河合まどか。アイドルみたいな名前の十九歳。

 まあ名前通り、ちょっぴり可愛いと言われることも多く、あと一歩手が届けば、アイドルになれるのではないかなどと甘い夢に浸ることもある。

 しかし現実はやはり厳しく、マスメディアには私程度の女の子はいくらでも、はいて捨てるほどいる。

 でも、そうはわかっていても夢を持つことは、ワクワクして楽しい。


 夜中の三時に起床して、自転車を走らせて配達店まで行き、この頃は以前より薄くなったチラシ広告を新聞紙に挟んで配達開始。

 やはり朝刊は、夕刊に比べて五倍ほどずっしりと重い。

 しかし、雨にも負けず嵐にも負けず、台風にも負けず、一年間にわたり、朝刊配達を続けている。

 週に一度の休み以来、休んだことはない。

 朝刊配達が終わると、テレビを見ながら就寝につく。

 報道番組は毎日見るが、この頃は録画しておいた二時間サスペンスも、昔ながらの情緒が感じられて肉体的しんどさを紛らわしてくれる。


 朝刊配達が終われば、午後二時からは夕刊配達が始まる。

 夏場は、炎天下猛暑のなか、夕刊配達の方が苦しいくらいである。

 しかし、いくらしんどくても、なぜか休む気はしなかった。


 夏の夕刊配達のメリットは、冬になると風邪をひかなくなることである。

 やはり、しんどい分だけのメリットはある。

 しかし、昨今のコロナ渦も相まって、私はこれからどんな人生を歩むことになるのだろう。

 まあ、心身共に健康で節約さえしていれば、困窮することはないだろう。

 誰もが抱えるちょっぴりの不安と、ぼんやりとした期待のなかで、大好きな歌を励ましに、疲労困憊する日々を送っていた。


   「明日はいつまで続くのかな」

 明日という日は 明るい日とかく

 明日こそきっと ラッキーチャンスが訪れる

 そう信じてなきゃ 夢さえももてない


 夢をかなえるためには 精一杯のパワーしかない

 一歩ずつ 山を登るように 天国へと向かうしかない

 わかってはいても ついよそ見してしまう


 明日はいつまでもあるわけではない

 今しかない 過去に追い立てられるように

 夢の山を登り続けていこう

 天国からサプライズが手招きしているよ


 新聞配達を始めて二年目の春のことだった。

 ときおり、朝刊の帰りに立ち寄る午前七時のファミレスで、高校時代のクラスメートちなみに出会った。

 ちなみはアイドル志願だった。

 ちなみ曰く、人生は一度きり、若さが輝くアイドルになりたい。

 幸い今の時代は、ユニット形態なので、そう目立つ容姿でなくてもオーディションには合格する可能性はあると信じ込んでいた。

 

 ちなみは週刊誌のゴシップ記事の如く、他の芸能人のあら捜しをしては、私の方が華があり、才能も開花する筈、明日のマスメディアで活躍できるのはこの私しかいないはずだ。

 今に見ていろ、一年後、いや半年後には有名人確定だときわめて自分勝手なうぬぼれを抱いていた。

 他人から見たら、滑稽なほどおめでたい思い込み以上のうぬぼれであるが、それがちなみの生きる原動力になっていた。

 確かにちなみは、細身でスタイルもよく、ベビーフェイスである。

 ちなみの根拠のない自信は、そこから生じているのだろう。


 ちなみは私を見て手を振った。

「やあ、まどか、高校卒業以来久しぶりじゃない。元気にしてた?」

 私はモーニングセットに格安のトーストを食べ、ちなみはパンケーキをほおばっていた。

 ちなみは

「このパンケーキ、半分食べてくれない?

 私、来週は女優のオーディションがあるので、ダイエットしなきゃね。

 その前に、私のお願い聞いてね」

 私は思わず、ちなみが女優?

 女優というのは、ルックスよりも演技力が必要だが、ちなみに演技力があるとは思えない。

 しかしちなみは、そう言い終わるや否や、ちなみはスマホを取り出して、まどかの写真を撮り始めた。

「まどかって、高校を卒業してから顔つきも身体つきもしまってきたわね」

 まどかは、自信過剰のうぬぼれ屋のちなみが、なぜ私を褒めるのかわからなかったが、一瞬このスマホ写真が悪用されるのではないかという疑惑にかられた。

「やだあ、まどか。そんな不安そうな顔しないでよ。

 私が信用できないの?」

 私は、思わず口にした。

「残念ながら、私はまどかを信用しろって言われても難しいわね。

 だって、私、まどかのこと、ほとんど知らないもの。

 ただのクラスメートで、ちょっと話したっていう程度だもの」

 私は、きっとした表情で

「いきなり、相手の許可もなく写真を撮るなんて、どうみても不自然じゃない。

 この写真、何に使うつもり?」

 ちなみは、つくり笑顔のごまかし顔で

「大丈夫よ。決して悪用なんかしないから。

 あっ、急がなきゃ。まどかの分も払っとくね」

 そう言い残して、ちなみはそそくさと席を立った。

 高校時代のちなみは、いわゆる問題児などではなく、成績もスポーツも平凡で目立たなく、演劇部の下っ端の端役だった。

 一度、文化祭でちなみが出演している舞台を見たが、セリフが二言、三言あるかないかの目立たない脇役以下の端役。

 そんなちなみが、女優になどなれるはずがない。

 まあ、世の中にはちなみのような女優志願を狙う悪党も存在するというが、もしかしてちなみはその犠牲になっているのではないか?

 私のなかに、グレーの疑惑が生まれた。


 案の定、私の勘はあたっていた。

 ファミレスの前には、サングラスをかけたどことなく胡散臭い男が、ちなみを待ち構え、ちなみはその男の車に乗せられていった。

 私は思わず

「ちなみ、どこへ行くの? 危険だよ」と叫びたい衝動にかられた。

 もしかしてちなみは、私には想像もつかない別世界にいて、悪の手先になっているのではないかという、不安と恐怖にかられた。

 いくらちなみが半分チャラ系でも、それは納得できない悲惨な話である。

 そりゃあまあ、ちなみのように世間知らずで上昇志向の人を利用しようとする悪党はいつの時代でも絶えることがないのが、現実であるが、まさかちなみがその罠にひっかかるとは、辛い現実でしかない。


 私は、翌日のスポーツ新聞を見て驚いた。

 なんと、私の顔写真が風俗店の宣伝用チラシのフェイク写真に使われているのだった。

 昔は、アイドルやニュースキャスターの写真が使われていたというが、裁判沙汰になって以来、それは無くなったと言う。

 そこで、私のような素人が狙われたというわけか!?


 私は、あわててちなみに問い詰めようとした。

 しかし、連絡しても通じない。

 家族の話では、音信不通だという。

 やはりちなみは私の予想通り、闇の世界に閉じ込められているのだろうか?


 私のフェイク写真が風俗店のチラシ広告に使われていると、大変なことになり、今度は、風俗店のフェイク動画に悪用されかねない。

 私は、一刻も早くサイバー警察に訴えることに決めた。


 私の予想通り、大変なことが起っていた。

 スポーツ新聞に私の宣伝用フェイク写真が掲載された風俗店に、客からさっそく問い合わせがあったというのだ。

 風俗店はフェイク写真であるということを説明した。

 しかし、近所の顔見知りの人が私を問い詰めた。

 もちろん、私は風俗店に勤めた体験などないということを説明して回った。

 近所の人は、納得したような顔つきで

「あなたに似た人が存在していたのかもしれない。気にしない方がいいよ」と逆に慰めてくれた。


 私が勤めている新聞配達店の店長からは、

「こういうフェイク写真は、過去に例がなかったことじゃない。

 なりすましは、これから先、増えていくことだろう。

 君は、そんなことを気にせずに、今まで通り配達をしてくれればよい。

 そうしないと、かえってこちらが妙な疑いをかけられることになりかねない」

と庇ってくれた。

 そういえば、今は生成AIによる有名人の投資のなりすましで、騙され大損をしている人も少なくない。

 企業というものはライセンス番号が必要であるので、ライセンス番号のないものは、インチキである。


 翌日、ちなみからスマホに電話があった。

「まどかのフェイク写真は、私が直接手を下したことじゃないの」

 実は私、だまされた挙句、脅されてまどかの写真をスマホに撮るように命じられただけ。これだったら、犯罪にはならないでしょう」


 



 


 

 

 


 



 


 


 

 

 

 

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