ファントム・メナス その4
福岡美佐の母親が殺されてから二か月あまり。福岡美佐は一週間に一度くらいの割合で登校した。充血する目で必要以上に明るい笑顔で同級生に接する彼女の姿は、背負いきれない悲しみを忘れようとしているように、人々の目に映った。悲しみを乗り越え、前を向こうとする健気な美少女の姿だ。
彼女を悪く言う人間はほとんどいなかった。皆無ではないのが、人間の悪しき魂の穢れだ。元々、容姿端麗で性格の良い彼女は他人に好かれる生き物だった。しかし、たとえ欠点がなかったとしても、いや、欠点がないからこそ、攻撃の対象になることがある。
妬みによるものだ。あまりにも眩しい存在を前にすると、その存在を壊したくなる人間がいる。自分にはないものを全て持っている人間。そんな人間がいるから、自分には何もない。そのような解釈をする人間が。
醜い嫉妬の魂は、突然の不運を前に爆発した。言葉の刃物を向けて弱った者を容赦なくえぐる。よく考えればおかしい話だとしてもお構いなし。ただ、傷つけられればいいのだ。質の悪い低俗な魂では"精神のボロ小屋"しか築けないとどうして気付かない?
母親の死という残酷な現実は、福岡美佐を弱者へと映し、嫉妬の魂の絶好の餌食となった。
とはいえ、それはごく僅かの穢れだ。多くの人間は福岡美佐の味方だった。教師も含めて。生活態度に加え、成績面でも評判の良い生徒だ。教師が彼女の"精神の宮殿"を侵すはずがない。数少ない登校日数が許されたのも、福岡美佐だったからともいえる。
福岡美佐は図らずも悲劇のヒロインとなった。人間はそういう存在を好む動物だ。
私にはわかっていた。彼女が学校を休み、何をしているのか。
打ち拉がれて引きこもって泣いているのではない。捜しているのだ。母親を殺した犯人を。
しかし、どういう方法で犯人を絞り込んでいるのかまでは、左図がの私でも知り得なかった。時折、教師という立場を利用して彼女のプライベートを探ってはみたが、これといった情報は得られなかった。あの誰もいない教室での会話以降、私たちはまともに口を利いてすらいなかった。
私は福岡美佐の真意を測りかねていた。彼女の口にした「殺す」とは文字通り「殺害」を意味しているのか。あるいは「精神の死」を表す比喩的表現だったのか。何より、彼女は私をどこまで信用している?
福岡美佐の中に感じ始めた"ディープ細胞"の存在。彼女もそれに気付いているのだろうか?
彼女の信頼を得るためにも、犯人捜索の手助けをするべきなのかもしれない。私には見当もつかないが。
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