探偵物語 その3
昼過ぎに館山〈エルマーの牧場〉に着き、従業員に話を聞いたが資料以上の情報は得られなかった。参加者は小学生児童ということもあり、夕方からの聞き込みはやめておいた。
他に調査できることはなかったので、川島羅夢の母親、里奈に会いにいくことにした。
彼女のアパートの前に車を止めたとき、渡辺の携帯電話が鳴った。
「はい。あ、はい。かわりますね」助手席の渡辺は眠そうな声でそう言い、携帯電話を眞田に渡した。「杉澤って人から」
「よお、杉べえ。久しぶりだな」千葉県警・杉澤亘は『ドカベン』の山田太郎にそっくりな容姿から、高校時代に杉べえと呼ばれていた。
「眞田。おまえ、携帯くらい持てよ。探偵なんだろ?」
「探偵なのと携帯電話を持つことは関係ない。俺は嫌いなんだ。どこにいたって他人と繋がっている感じがさ。留守電は?」
「聞いた。だから電話したんだ。川島里奈の依頼、受けたんだな」
「断る理由はないからな。彼女、警察は信用できないと言っていたよ」
杉澤は苦笑した。「税金泥棒ってのは言われ慣れたよ。言っちゃ悪いが、これに関してはおまえも給料泥棒だと思うぜ。探偵のでる幕じゃない。だろ?」
「俺もそう思い始めてきたところさ。でも、どうして俺を紹介したんだ?」
「別に。おまえが仕事なくて困ってるんじゃないかと思ってさ」
「大きなお世話だよ」
「半分は底意地の悪さを見せたってことかな。警察だって人間だからな。言われようもない暴言を吐かれて、腹が立ったのは事実だ。だから、無駄な調査をさせてなけなしの金で探偵という無駄金を払わせてやろうとも思った。もう半分は親切心だよ。何かすれば心は幾分安心だろう? 人助けと底意地の悪さってところだ」電話の向こうで杉澤が煙草を吸う音が聞こえた。「それで? 何が聞きたいんだ?」
「警察の方はどう捜査しているんだ?」
「遭難事故ってところかな。キャンプ場のあった山には警官隊百人が投入されている。二週間前からは自衛隊からも百人。計二百人規模で捜索中だ。気の毒だが、あまり期待は持てないな」
「事件の方では?」
「ああ? まあ、誘拐の線も完全になくなったわけじゃないからな。でも、何の証言もないし、目撃者もいないんだ。事実上、事件の線での捜査は打ち切られたようなもんだな」
「川島里奈についてはどうだ?」
「おいおい、おまえ、あの美人の母親を疑っているのか? そりゃ確かにあんな感じだけどよ」
「ネグレクトの可能性はないのか?」
「完全に白、とは断言できないが薄いな。あの女のアレは、性格の範囲内なんだよ。虐待がなくてもああいう感じの親はいるんだ。自分が大人になれていないからな、子供と友達みたいな関係になる。親としてどうすればいいのか、なんて考えもつかないんだろうよ」
眞田はハイライトの煙草をくわえた。電話口から杉澤の笑い声が聞こえた。
「何がおかしい?」
「いやさ、子供を探してくれって頼まれたのに、その依頼人を捜査してるんだから、奇妙な探偵だと思ってよ。まさに依頼料泥棒だ」
「子供を見つけるのが、探偵の正義なんだと俺は思うね。ところで、俺たちも捜索隊に参加できないか?」
「ああ、って俺が許可を出せるわけじゃないからな。ボランティアも捜索に参加しているはずだ。そっちの方で手続きすれば可能なんじゃないか? ちょっと待った。俺たちって言ったか? おまえと誰が参加するんだよ」
「助手だよ。今さっき、おまえが電話をかけた相手さ」眞田は助手席の渡辺を見てニヤリと笑った。「犬並みかそれ以上の嗅覚を持った人間がいれば、人探しには役立つと思わないか?」
「おいおい、あの話は本当なのか? 俺はてっきり酒の席での作り話だと思っていたぞ」
「作り話でも冗談でもない。うちの助手は鼻が利くんだ」
「そうかよ。じゃ、期待してるぞ、名探偵」
「またかける」
「携帯買えよな」
眞田は携帯電話を渡辺に返し、車を降りた。
川島里奈の部屋は稲毛団地B2の403号室にあった。
大きな音をたてる割には動作の遅い、カビ臭いエレベーターで4階に上がった。
廊下でスーツ姿の男とすれ違った。何をしている男なのかはわからなかったが、彼はすこぶる上等なスーツを着ていた。
眞田が川島家の呼び鈴を鳴らしたとき、渡辺は鼻を鳴らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます