暗殺の森 その2

 危惧した通り、生徒たちは私に心を開いてしまったようで、いつもより明るく礼儀正しく接してきた。教師と生徒という間柄での会話だけでなく、もっと親密な会話を求めているようだった。当然、私にはそれ以上の親しい関係を築くつもりはないので、いつも通りに振る舞った。が、どういうわけか、いつもならば人付き合いの苦手な変人と受け取られていた言動が、知的な台詞回しとクールな行動という解釈に変わっていた。私の通常は勝手に都合のいいように変換され、やることすべてが好意的なものへとされてしまった。

 些細なことでヒトはものの捉え方を変えてしまうのだ。思い込みとは恐ろしい。私が変わらなくとも、他人のイメージが私となり、理想の人物へと変換される。思い描いた人物像の幻影は実体となる。私の幻影は、私の知らないところで一人歩きし始めていた。

 「不運」だ。

 私は飯塚千夏を思い出した。彼女を助けさえしなければ。彼女が溺れさえしなければ。

 泡と渦に飲まれる水中で、彼女の「不運」が私にまとわりついた気がした。背筋がゾッと寒くなる。この先、小さな「不運」は続いていくのか? 

 急に飯塚千夏への殺意が芽生えた。「不運」の元凶を膨張させれば、私に乗り移ることはないのではないか。

 くだらない考えだ。身近な人間を簡単に殺すのはまずい。危機は身近なところからやって来るのだ。私の"精神の宮殿"は冷静だ。「不運」を乗り越えるための能力は持っている。私は精神を澄ませた。

 静かな殺意は穏やかに消えていった。

 そうしている間にも、女子生徒たちからは熱い視線が注がれていた。全く見る目のない女たちだ。

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