少年は残酷な弓を射る その2

 川島家は想像よりもずっと清潔だったので少々驚いた。

 灰皿からは吸い殻が溢れ、そのうち発泡酒の缶に吸い殻を捨て始める。衣類は脱ぎ散らかされ、ゴミ袋はキッチンに数週間分放置。もちろん、分別はされていない。流しには数日間、数週間の食器が溜まっている。そういうネグレクトの典型的な部屋を予想していた。

 しかし、部屋はよく掃除され、整理整頓されていた。生活用品、雑貨の収納には規則性があり、家具の配置から漂う生活感からも家庭の温かさを感じた。川島里奈に対する評価を改めた方がいいようだ。

 「ほら、ラム。桃ちゃんよ。あいさつしなさい」

 犬の名前かと思ったが、呼ばれてのはクッションソファーの上で静かに児童文学を読んでいた少年だった。

 「こんにちは。川島羅夢です」少年は言った。

 聞き取りやすい声量と礼儀正しい所作。目上の人に対する敬意をわきまえている。利口な子供だ。

 「こんにちは」私は言った。「ラムくんというのだね。私は桃山桃李。高校で国語を教えている。君のお母さんとは古い友達でね。君が捨て犬を見つけたと聞いて来たんだ。その場所まで案内してくれないかな?」

 「はい。わざわざありがとうございます」

 「あたしは行かなくても大丈夫ー?」川島里奈の手には発泡酒の缶があった。

 「大丈夫だよ」ラム少年は優しく微笑んだ。

 私はこの利口な少年からひとときも目を離さなかった。

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