未知との遭遇
二〇〇五年十二月。大学生だった私は、冬の長期休みを利用してハワイ島にバカンスに出かけていた。観光客の多いワイキキとは違い、自然豊かで穏やかな風景が気持ちのいい場所だ。特に私の泊まる〈ロッキーのロッジ〉はひとつひとつの宿泊小屋が独立し離れているため、極端にヒトと接触する機会がなかった。
よく晴れた夜。雲ひとつなく、月明かりの下でジョニー・ウォーカーのグラスを傾けていた。普段は午後十一時に就寝するが、バカンスということで夜更かしをしていた。
潮風になびく自然と生命の声。月と星が照らし出す天国の夜。これを楽園と言わず、なんと呼ぶのだろう。
星が降りそうな夜空を体験し、感動していたのも束の間、本当に星が降ってきた。
彗星だった。
流れ星のように幻想的で善なる光を帯びていたが、その実態はまごうことなき厄災だった。全てを飲み込む、有無を言わせぬ破壊力。降り注ぐ彗星は美しくも残酷だった。私は逃げるどころか動くことさえできなかった。
炎を纏った岩の塊が地上に落下したとき、火山が噴火した。
火山灰が亡霊のように星を飲み込んでいき、溶岩が噴き出した。夜とは思えない明るさと息苦しさが空間を飲み込んでいく。
その残酷な神秘に私は見入ってしまっていた。死という文字が頭に浮かび、自然と涙が溢れた。何に対して泣いているのかはわからなかった。
私はすんなりと死を受け入れた。迫り来る溶岩に身を任せようと覚悟を決めた。
しかし、火山活動は通常のそれとは大きく違っていた。何かに吸い寄せられるように、すべての出来事が巻き戻されていく。時が逆流しているような奇妙な感覚だった。
それから、私は意識を失った。
目覚めると朝になっていた。太陽はいつものように燦々と照りつけている。私はロッジの庭のデッキチェアで眠っていた。
昨晩の出来事を思い出し、辺りを見渡したがそれらしいものはない。彗星と火山が残した厄災の痕はどこにもなかった。しかし、夢だとも思えない。噴火したとみられる痕跡や何かの残骸は確かにあった。それらは、修復が間に合わずに壊れたまま残ってしまったという印象だった。ロッジも無事だったし、森の木々も川も無事だ。
夢ではないが、現実とも思えない。別の世界に迷い込んでしまったかのような摩訶不思議で恐ろしいような感覚があった。
もともと人間の少ない場所を好んで選んでいたため、周囲にヒトは見当たらなかった。
私以外の人間が世界から消失してしまったのではないか。
私は初めてヒトを求めた。不安からではない。ヒトの温もりを求めたのではない。世界からヒトが消えたことを確かめたかったのだ。
"ギフト"に気がついたのはそのときだ。
ロッジからしばらく歩いた滝の近くで、若いアジア人カップルを目撃した。私は落胆すると同時に、激しい怒りを覚えた。彼らの姿は、私の"聖域"で繁殖するカビのように不快に感じられた。
木陰に身を潜めながら、私は憎悪を込めた目で二人を眺めていた。
そして、男が爆ぜた。
水着姿の男は腰から下が突然消え失せ、悲鳴と血液を撒き散らしていた。
すぐには理解できなかった。が、私は冷静だった。焦りも混乱もなく、私の頭脳は明瞭に働いていた。
再び、私は憎悪を込めて男を睨んだ。
男の頭が爆ぜた。
私は確信した。この現象は、私の精神とリンクしている。憎しみの感情が現象となって男を殺したのだ。
恐れはなかった。喜びも悲しみもない。私の背後には冷静で冷酷な怒りだけがあった。
両方の鼻の穴から血が垂れていた。
私は唇についた鼻血を舐めた。
生き残った女に、私の姿は見えていない。泣き叫ぶことしかできない赤子のように、男の残骸を抱えている。
ちょうどいい実験台だ。私は手に入れたばかりの"ギフト"を試すことにした。
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