2日目 ロンドンの休日

ロンドンに着くなりヒースロー空港で迷子である。

通るゲートを間違えて戻らないといけない羽目になり、スタッフさんにゲートを開けてもらって戻してもらう大迷惑ぶり。日本の空港でも迷いそうになるのに、海外の大型国際空港で初見からサクサク歩くのは無理でした。方向音痴と己の思慮の浅さを呪う。ひー。

結局到着から1時間ぐらいかかってようやくヒースローエクスプレスに乗れたわけで、まあ、事前にYouTubeとかで景色と流れを予習するって大事です。予習してたからハマド空港でのトランジットはスイスイできたし。


そもそも飛行機が到着からしばらくトラブルか何かで乗客をおろさせてもらえなくて、待ってる間にイギリスのポンドが入った財布を確認しててふと気づいた。

実は僕、9年前にもロンドンに来たことがあって、その時に使っていたお金をそのまま持ってきたのだが、もしかして10年近く経ったら柄変更とかで使えないんじゃ……と思い、隣の席にいたロンドナーのご夫婦に聞いてみた。

「ああ、これは多分使えないわねー」

なんやて……。

「1ポンドコインは偽造が多いから数年前に変わったのよ。小さいお店なら使えるかも知れないからチャレンジしてみて!(笑)」

いや、いいのかそれ言って??

「あのぅ……それってどこかで両替してもらったりとか……」

「うーん、銀行とか郵便局ならできるかも知れないけど」

で、ですよねぇ……9年前のコインですし……。

ちなみにそのときご夫婦が見せてくれた新コインは、硬貨なのに金銀の2色使いでめちゃくちゃ綺麗だった。それが偽造防止になってるらしい。

結局僕は使えるかどうかも分からない1ポンドコイン5枚を持ち込むことになってしまった。め、めんどくさい。


ところで僕が世界一嫌いなもののひとつが入国審査なのだが、イギリスは審査が厳しいことで有名である。少しでも間違えたり疑われたりすると強制送還もあるらしい。僕の場合、前回渡英したときも細かいことを根掘り葉掘り聞かれて大慌てしてしまい、しどろもどろになっていると「あーもーいいかこいつめんどくせえし」と言わんばかりの顔でスタンプを押してもらったことがある。結果的に良かったのだがかなりのトラウマだ。

今回、イギリスがセルフ入国審査マシーン(別の国でやったことがあるのだが、パスポートを機械に通して顔認証するだけで20秒くらいでパスした)を導入したと聞いて大喜びしていたのだが、なんか、結局とおされたゲートには審査官がいた。そして、聞かれた。そこまで根掘り葉掘りではなく、せいぜい何日いるかということとホテルはちゃんととったのかということくらい。あ、でも審査官のお姉さまに「この国に兄弟とか友達でもいるの?」って聞かれたから、やっぱり怖い。

ただ入国審査ゲートの前に「この国の人はファストゲートへ」的な看板があって、そこに日本含め平和そうな国の国旗が並んでいたから、もしかしたらその国以外の人は厳しい審査を受けていたのかも知れない。

ある程度は信頼されている日本パスポート。それに恥じない旅をしたいものだと毎回思う。


パディントン駅に着いてすぐ、駅前のそこらじゅうにあった(はず。事前にネットで見た感じでは)スーツケース預り所みたいな店を探して駅前をうろうろしていた。7月だというのに寒すぎて、うろうろしつつ有料トイレ(とはいえ50セントで入れる。掃除が行き届いてて綺麗。無料は滅多に見つからない)を探してすぐにウルトラライトダウンとヒートテックタイツを着た。いや、ダウン着てる人いたよ。いたけど主に同じく観光客だし、現地人は半袖Tシャツひとつでうろうろしてんだわ。なんでやねん。たまにタンクトップの人もいる。なんでやねん……。

でも多分、ジメジメほかほかなサウナみたいな日本の夏を生き抜いてる日本人も相当、外国人観光客に「なんでやねん」と思われてるに違いない。

スーツケース預かり所的な何かを探してほっつき歩いてると、よっぽど「誰かスーツケース預かってくれないかねぇ……」という顔でもしてたのか、外貨両替所(これもそこらじゅうにある)の窓口の兄ちゃんが入口のガラスと会計のカウンターのガラスの2枚を隔てたはるか遠い先で

「こっち!!こっちおいで!!!」

とばかりに激しく手招きしてて吹き出しそうになった。

スーツケース預かりサービスもやってる両替所だった。客引きの仕方が独特で愉快な移民のナイスガイは、その後僕の旧硬貨が交換できそうなとこも教えてくれた。親切すぎる。


音楽ファンでもある僕は、そのあとパディントン駅から足を伸ばしてアビーロードにも行った。あの、ビートルズが横断歩道を並んで横切っている、あそこである。ピンと来ない人はググって欲しい。多分誰もが見たことある。

9年前に来た時も大概、ビートルズファンたちが大勢集まり同じポーズを横断歩道の上で撮影したがりクラクションを鳴らされまくっていたのだが、今回も同じだった。車が面倒そうにクラクションをびーびー鳴らし、それを脇に慌てて撮影して去る、それの繰り返しだ。

富士山とローソンのインスタ映え写真が流行るのをあまり大きな声で批判できないのが僕である。おそらく富士ローソン以上にこの世界一有名な横断歩道もまた、通行人の撮影に迷惑しているのだろう。申し訳ない。

それでもやっぱり、この横断歩道が有名すぎて、初めてイギリスに来た時は毎朝見に来たものだ。同じ場所を推しが歩いたのだと思うと感慨深い。横断歩道を撫でてかわいがりたい。やらんけども。


そのまま少しほっつき歩いてピカデリーサーカスに着いたあたりで、ロンドンらしいさらさらとした霧雨が降り出した。ただでさえ寒いのに服が地味ぃぃに濡れて寒い。しかしロンドナーたちのうち、傘をさしているのが全体の三割くらいだった。突然の雨ということもあるのだろうが、みんな気にせずほこほこ歩いていたり、フードをかぶるだけにとどめていたりして、なんか、これごときの雨では俺は屈しまい! という気概を感じた(大嘘)。

雨から逃れるのも込めてピカデリーサーカス近くの謎のファストフードっぽい店に入った。映画とかでよく見る、紙箱に入ったテイクアウトのやつである。雨が降ってるからか中で食べる人がほとんどだった。

なんかよくわからないライス(ごはんではなくライス。なんとなく伝わるだろうか)に野菜やら何やらが入って炒飯のようになっていて、トッピングは値段違いのやつを選べるのでエビで、そしてソースもチョイスできるのでteriyakiで、というわけのわからん組み合わせの焼飯もどきみたいなのを食べた。別に不味くはなかったんだけどとびきり美味しいわけでもない、昔から変わらないイギリス飯だ。

使っている油が違うのか若干胃もたれしたがお腹はいっぱいになった、とはいえ値段は日本円にして1600円ほどである。ちょっと豪華な駅弁ぐらいの値段。円安、絶対に許さない。


ピカデリーサーカス然り、パディントン然り、観光客が集中する場所にはお土産もの屋さんが多い。それも、ドンキをコンビニサイズまでちっちゃくしたようなものから、ワゴンの後ろ半分でちいさいものをうじゃっと売っているものまで。あるあるなのが、イギリス国旗のユニオンジャック、あの赤い電話ボックス、あの赤い二階建てバス、ビッグベン、衛兵、このへん単体のキーホルダーやマグネットかこれらをずらりと並べた柄のポーチや紅茶缶や、果てはバッキンガム宮殿のスノードームまである。

こういうの、見てて正直かわいいし欲しいと思うのだけど、現地民からすると面白おかしいんだろうな。日本のお土産もの屋さんでやたらと富士山やら芸者やら桜やら寿司やら鶴やらが雑多に同居している柄の手拭いや扇子や巾着やボールペンなんかが売ってたりするような。

いや、わかるんだけど。絶対欲しくなるやつってわかるんだけど。だって僕、例に漏れずユニオンジャックその他もろもろ詰め込み柄のキラキラしたかわいいキーホルダーを買ってしまった。

売り方をわかってるよなあ、というのが観光大国の立場を同じくしている日本人の感想である。面白い日本語が書いてあるTシャツを着てる外国人観光客が好きだし、多分ユニオンジャックのキーホルダーを喜び勇んでつけてる僕も、似たような目で見守られてることだろう。多分。


そういえばキングズクロス駅でも迷子になった。

実はハリーポッターシリーズは3までしか見ていないがそこまでの内容は知っている僕、とりあえず9と4分の3番線に行きたいと思ったのだ。だが到着してみて気づいたが、キングズクロス駅には二種類あって、ピカデリーサーカスから繋がっている地下鉄ではなく別の路線の同名の駅にあるのだ。例えるなら阪神梅田駅と阪急梅田駅のような(大阪でしか通じない例え)。そこに行きつかず必死に地下鉄の駅構内で、あの壁に半分ぶっ刺さったカートを探していた。こんなとこにあるはずもないのに、と脳内で山崎まさよしが流れた。

結局外に出て探しまわり、別の駅で9と4分の3番線とそれに併設するハリポタショップを見つけたのだが、例の壁にぶっ刺さったカートの撮影場所がすごかった。とんでもない人数の観光客が行列をなし、ショップのスタッフさんがその撮影を補助し(お客さんにグリフィンドールのマフラーを巻きつけて先端をひらひらさせる役をやる人までいた)、それを横で撮影したがる無関係な人もいて、一体誰のサイン会なのか状態の人だかりができていた。

さすがに面倒すぎて並ぶのはやめたが、ここもハリポタファンの巡礼場所なんだろうな、と思うと笑顔になる。雰囲気的にはUSJだが。


スーツケースを受け取ってホテルにチェックインしようとしたが、最寄駅は巨大コンコース駅と違ってエレベーターが、ない。かなりの重さのスーツケースを階段で運ぼうとして死にかけた。わりと外れのほうの駅だからしかたない。

しかたないのだけれど、これは前回の渡英のときもそうだったが、クソチビアジア人が必死こいて階段でスーツケースを運んでいると、必ずどこからかナイスガイがやってきて手伝ってくれる。めちゃめちゃ申し訳ないのだが彼らは何も言わずに手伝ってくれ、何も言わずに去っていく。人種年齢関係なく。紳士の国すぎて怖い。なんなら前回はおばさままで手伝ってくれた。もう頭が上がらない。

というか今日手伝ってくれたのはナイスガイどころかお年を召したジェントルマンだった。祖父ぐらいの年齢の人に手伝ってもらって、なんかもう、申し訳なさとありがたさでしびれる。観光爆発とは言われているが、恩返しも込めて、遠い異国の日本で困っている人を同じように助けるべきだよなぁと自分に課した。


ホテルの人もめちゃめちゃ親切で、それこそスーツケースを運んでくれたり色々教えてくれたりしたのだが、面白かったのがチェックインで案内がひととおり終わった時の一言である。

「ぜひGoogleマップでグッドな評価をつけてくれよ!俺の名前はジェームズ(仮名)だからね!」

めちゃめちゃ笑ってしまった。笑いながら、もちろんやっとくよ!(笑)とこたえた。宿予約サイトのレビューによく「マリアは素敵なスタッフだったよ!」とか書かれているが、そういうことかと理解した。面白すぎる。きっと仕事の評価に関わるんだろうな、と思って僕はジェームズを名指しで持ち上げるレビューを後日書こうと思う。

そういえばスーツケース預かり両替所のナイスガイも、帰りぎわにQRコードを見せて「ぜひファイブスターをつけてくれ!」と求められた。案外、こういう朗らかで堂々とした態度って、褒めて褒めて!俺の給料のために!という感じだから日本にない感覚だけど、とんでもなく潔くて好印象だ。


昼に食べた謎焼飯(の油)の反動がすごくて全然おなかがすかないから、宿近くのスーパーでサラダとフルーツだけ買って胃を休めたけど、サラダ+カットフルーツセット+1.5リットルのミネラルウォーターでだいたい4ポンドぐらいだったのに、そのハイパー重ため謎炒飯は8ポンドした。

やっぱり円安は終わって欲しい。


それにしても、ここまで一日かけてあらゆるスタッフさんと話し、店員さんと話し、駅員さんと話したが、9割が有色人種、そして移民だった。イギリスも移民が増えているという話は聞いていたが、露骨感があった。僕が安いごはん屋さんしか行かないからかも知れないけど。特に前述したお土産もの屋さんの店員は、どの店も完全に移民だけで構成されていた。英語のスキルには個人差があったが、悲しい話、英語が話せるから職につけたとか、仕事のためにどうしても英語を学ばないといけなかった、みたいな背景がほんのり見えた。

日本でも外国人の店員さんが増えているけれども、それ自体が問題だとは思わないが、うっすらと、きっとこれが世界の雇用の形を少しずつ変えていくんだろうな、と思った。良くも悪くも。人手不足なのはどこの国も変わらないらしい。ただ、大都会ロンドンで頑張っている彼らを見て、日本でも一概に否定から入るのは冷たすぎるなと思ったから、僕の場合、感謝を忘れないように、ということを考えていた。


本当にどうでもいいけど、ロンドン地下鉄、座席に座ってポテチをバリバリ食べている人をこの一日で三人見かけた。おもしろすぎる。日本の常識は世界の非常識、とよく言うがその逆も結構ある。日本の非常識は世界の常識。びっくりするけど楽しい経験だ。

自分たちのまわりの常識だけで頭固定されるとつまらんなぁと、外の国に行くたびに痛感するから旅はやめられない。

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ヨーロッパをだいたい100日で旅してみた話 真朝 一 @marthamydear

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