拝み屋のおばあさんと姉

このシリーズは基本的に私の体験談を基に書いているが、今回は私の姉から聞いた話である。


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看護師だった姉は何度ねだっても在職中は絶対に病院であった怖い話を教えてくれなかった。曰く、人の生き死にを扱う上でそれを面白おかしく話すのはできない、と真っ当な理由だった。

そんな風に言われたらこっちもあまりしつこくは聞けなかったので、私は会う度に一回しか聞かないようにしてた。


しかし今年の四月に退職した事で「まぁ、もういいかな」と言い、一つだけ不思議な体験を教えてくれた。


「まず、うちの病院に【誰もいないのに咳が聞こえる病室】ってのがあって」

「もう怖いじゃん」

「まぁそれはいいんだけど」

「いいんだ」



姉曰く、その部屋はベッドはあるものの基本空っぽにしとく部屋だったそうだ。理由を姉も聞かされてなかったそうだが、流行病のパンデミック下でも患者を入れることはなかったというから相当な理由があるのだろう。


そんな曰く付きの病室に夜勤で見回りに行くと


ゴホッ


ゴホッ


ゴホッ


と誰かが咳しているのだそうだ。

当然、中を見ても誰もいない。

そんな体験を看護師の全員がしていたという。


だだ姉の病院では──もしかしたらどこの病院もそうなのかもしれないが、「基本そういうのはスルーで」と決まっていたらしい。なので誰も、その事に触れる人はいなかった。


姉もそれに倣い、病室の前で咳を聞いても「またやってんなぁ」くらいにしか思わなかったそうだ。



ある日の日勤中、その部屋の前におばあちゃんが一人立っていた。


浜田(仮名)さんという同じ階に先週から入院している90歳近い患者さんだった。肺が悪かった為にここに来たが、足腰はしっかりしていたので、よく院内を散歩がてらに歩いてたのだ。


そんな浜田さんがじっと例の部屋を見つめていたそうだ。


「どうかしましたか?」


姉が浜田さんに尋ねると、彼女は


「この部屋、なんかおるねぇ」


と答えたそうだ。


姉はドキッとした。この件は看護師達しか知らないはずだった。誰かが話したのだろうか?とちょっと思ったが、とりあえず「えーそんなことないですよ」と笑顔で否定した。


しかし浜田さんは首を横に振り


「なんも隠さんでいいんよ。私、昔は"コレ"だったからね」


そう言って彼女は、両手を合わせて拝むようなポーズを取った。


「随分、悪いものが居座っとるがやけど、私が祓ってあげようか?」


浜田さんはそう言ったそうだ。

しかし姉はオカルトの類を一切信用していなかった。仮に実際そんな力があったとしても

そんなことを患者さんに頼むわけにはいかない。

姉は「だから何にもないから大丈夫ですよ」と笑顔で明るく断ったそうだ。


浜田さんは少し悲しそうな困ったような顔をしたそうだが素直に引き下がった。


「じゃ、せめてコレだけはさせて頂戴」


そう言って浜田さんは入院着から数珠を取り出し手に掛けると


じゃら


じゃら


じゃら


と鳴らしながらぶつぶつとお経を唱えていた。

まぁそれくらいならいいか、と姉は思ったそうだ。



それから度々、あの部屋の前で数珠を鳴らしながら拝む浜田さんの姿が目撃されたという。咎める看護師もいたが、別段誰かに迷惑がかかっているわけではない、ということでそのまま見守ることになったそうだ。



そんな事が一ヶ月程続いた頃、浜田さんがぽっくりと亡くなってしまった。



亡くなる前日まで例の読経は続いていたと聞き、姉は「浜田さん、本当に何とかしてくれようとしてたんだなぁ…」しみじみと感じていたそうだ。

オカルトを信じる気持ちは微塵もなかったが、濱田さんの優しさは本物だと思ったそうだ。


しかしそんな浜田さんのお勤めの甲斐も無く、それ以降も夜勤で部屋の前を通る度


ゴホッ


ゴホッ


ゴホッ


という咳が聞こえ続けたそうだ。

ただひとつ、変わったのは同時に


じゃら


じゃら


じゃら


という数珠を鳴らす音も、一緒に聞こえるようになったのだそうだ。




「ありがたいんだけどさ、『いや、結果的に音増えとるやないかい』って思ったわけ。ありがた迷惑は怖いって話よ」


最後に姉は満足気にそう言った。

なんか、思ってたんと違う。


<了>


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