古本と特殊性癖おじさん
大学時代、某チェーン店古本屋でバイトしていた時の話。
古書買取時には中身に落書きや痛みが無いかを確認してから買取するのが基本だが、バイトの我々の目など残念ながらたかが知れてる。買い取った後に、諸々の不具合が発覚することも少なくなかった。
「すいません先輩……これ見てもらっていいです?」
後輩の女子が暗い顔で聞いてきた。
こういう時は大体何かやらかした時である。
確か時刻は21時過ぎ。社員さんもいない時間帯だった。
「さっき買い取った本、あの、落書きがしてあったのに気づかなくて……」
そう言って彼女が出してきたのは有名少年漫画の単行本。かなり日焼けしていて年季を感じるブツだ。
となると買取額は最低価格。おまけにうちには山ほど在庫がある作品だ。
これを買取るのは殆ど廃棄前提みたいなもんである。
実際そのつもりで持ち込んでくる人も少なくはない。買取不可を告げても「じゃあそのまま捨てといて」となる場合も多い。
「なんだぁ、それくらい。いいよ別に廃棄しといて。次から気をつけたらいいじゃん」
「まぁ、そうなんですけど。なんか気持ち悪くて……」
「どういうこと?」
私が聞くと、彼女はパラパラとページをめくってくれた。
「あ!……え?ん?んー……なんだこりゃ?」
その漫画のキャラクターは、どれも右目に赤ペンで丸が付けられていた。
私は彼女から漫画を受け取ると、さらにページをめくった。見ていくと、どのキャラクターも、ではなかった。
「あ、これ、女性キャラにだけ丸つけてるのか……」
主人公パーティーの紅一点、敵の女幹部、主人公の母親……女性キャラの右目だけに、全て赤い丸が付けられていた。
「はい……なんか気持ち悪くないですか?」
確かに、ちょっと気持ち悪い。
何らかの性癖を感じるが、あまり例を見ないタイプだ。
この手の少年漫画によくある落書きで、女性キャラのサービスシーンに乳首が追記されてるパターンはある。
多分落書き率としては
「ウォーリーに丸が付けてある」
と並ぶのではないかとすら思う。
しかし、このパターンは初めてだ。
「ふーん……まぁ、世の中いろんな性癖の人がいるからね」
「そうなんですかね……見た目は真面目そうなおじさんだったんですけど」
「本人のとは限らないんじゃない?それに人の性癖は見た目じゃわかんないよ」
彼女は、はぁ、と言わんばかりの表情だった。
「そういう問題ですかねこれ」
「いや、わかんないけど……買取はこれ一冊だけ?」
「あとは普通の文庫本が2冊です。でも、なんか全部汚いんで廃棄でいいですか?」
後輩は心底嫌そうな顔をしている。
そんなにか。
見ればそちらも有名な鉄道ミステリ小説の文庫。綺麗な在庫が充分あるのは事実だ。
「うーん、気持ちはわかるけどね。でも、あんまりポンポン廃棄ばっかしてたらさぁ……」
私は言いながら何の気なしにパラパラと文庫をめくったのたが、とあるページで手が止まった。
赤マルだ。
<目>
の文字にぐるっと、赤マルがつけられていた。
『特急に乗り換えた二人は宿を<目>指して』
『しかし、彼女はそれに負い<目>を感じ』
『乗り換えで<目>黒に着いた刑事は』
パラパラと最後までめくっていったが、恐らく<目>には全て赤マルがつけられていた。
私も後輩もしばらく無言でそれを眺めていたが
「……廃棄しよっか」
「……そうですね」
そう言い合って、再び通常業務に戻った。
それからしばらく後、私が夜シフトで出勤してきたタイミングで、丁度これから帰るとこの後輩とバックヤードで一緒になった。
彼女は物凄く暗い顔をしていた。
「どしたの地獄みたいな顔して」
「先輩……今日あの<目>のおじさん来てたんですよ……」
「えっ!また買取したの?」
「いや、普通に立ち読みして文庫本買って帰りましたけど……」
「なんだ。ならいいじゃん。なんか他にあったの?」
すると彼女は少し言い淀んだ。
「いや、まぁ、ちょっと私の考えすぎかもしれないんですけど……私、見ちゃったんですよ」
「何を?」
「そのおじさん、外に若い女性待たせてて……奥さんか、恋人か、もしかしたら仲の良い娘さん、かもしれないんですけど……店出たら一緒に腕組んで歩いていったんですよ」
「え、いいじゃん。ちょっと怪しい特殊性癖のおじさんだってパートナーくらいいてもさ」
「でもその女性、右目に眼帯、してたんですよね……」
まぁ、ただそれだけなんですけどね!おつかれっした!
と彼女は笑ってバックヤードを小走りで出て行った。
イヤなこと言うなぁ……
とその日はちょっと気分が沈んで仕事したせいでレジ精算を間違えた、という話。
その後後輩に聞いたが、結局それ以降も何度か特殊性癖おじさんは店に訪れたが、買取したのはそれ一回だけで、女性と一緒にいたのもあの日だけだったそうだ。
<了>
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