忍者と中川くん

「なぁ森野、俺の家……忍者がいるんだよ……!」


中学2年の秋頃。

とっておきの話があると同級生の中川(仮)が言うから何かと思ったら、とんでもなくしょうもないウソの話だった。


「いや、ウソじゃないって!マジなんだよ!」


必死な顔をした中川曰く、彼は一か月ほど前にマンションから平屋の一軒家に引っ越したのだが、その家には忍者がいて夜な夜な天井裏を歩き回ってるらしい。


「いや、信じられないのはわかるけどマジなんだって」


私の呆れた顔を見て中川はさらに続けた。


「一回泊まりに来てくれよ!マジで絶対ビビるから!」


中川の必死な訴えに私は渋々週末のお泊まり会を決めた。



中川の家は見た目は古めかしかったが、庭もあって部屋も沢山ある広々とした立派な平屋だった。



「ごめんねー森野くーん。うち、何もないけど適当にくつろいでいいからねぇー」


中川の母親は自分の母と同年代とは思えない派手なタイプで少し面食らったが、晩御飯にはピザを用意してくれて私のテンションは爆上がりだった。

食卓では色々な話をした。

私はそこで初めて中川が母子家庭で小学生までは転校が多かったのを知った。


「この子人見知りだから全然友達出来なくてねぇ」


中川母はそう言ったが、今の彼からは全然想像つかない姿だ。

私は、変なウソを付きがちなのもそういう境遇が影響してるのかな、なんて思ったりした。

それから風呂に入り、アイスを食べ、プレステでジョジョの格ゲーをやり、あっという間に寝る時間になった。


時刻は22時。

中川はベッドに、私は床に敷いた布団に入った。少しカビ臭かったが、遊び疲れたのもありすぐに私は眠ってしまった。





「おい、おい、森野。起きろよ」


中川に揺り動かされ私は目を覚ました。

いつの間にか電気も付けられていて、眩しい。


時計は深夜2時。


一瞬状況が理解できなかったが、そうだ中川の家に泊まりに来たんだった、と思い出した。

そして当初の目的も。


「なぁ聞こえるか?」


立ち上がり天井に耳を傾ける彼に倣い、私も立ち上がった。しかし、別に耳をすまさなくても十分にその音は聞こえていた。


ぎしっ ぎしっ ぎしっ ぎしっ


確かに天井から音がする。


「……ネズミじゃないのか?」

「ネズミがこんな重い足音かよ」


言われてみればネズミにしては重量感があるような気はするが……単にデカいネズミと言えばそれまででは?

と私が言いたげにしていると、中川が


「まぁ、待てよ。多分もうすぐ……」


ぎしっ───だんっ


ぎしっ───だんっ


ぎしっ───だんっ


足音が変わった。

それは明らかに飛び跳ねていた。

天井裏の床を踏み締めて、跳躍している音だ。


ぎしっ───だんっ


ぎしっ───だんっ


一秒程滞空した後に着地する度、天井からパラパラと少し埃が落ちてきた。


「なー?こんな動きネズミじゃないだろ?」


何故か得意気な中川。

いや確かにネズミの動きではないが、かと言って忍者じゃねーだろ、と私は思った。

って言うかそもそも忍者なら動きがバレバレ過ぎるんだよ、と私は言いたかったがそれも違うなと思い直した。


「いや、お前これ、そんな暢気なこと言ってる場合じゃなくないか?」


私はどちらかと言えば普通に犯罪者の可能性が俄然強くなった気がして、それはそれで怖くなって来た。


それに対して中川は首を振った。


「いや、そういうのじゃないんだよマジで」

「はぁ?じゃあ、どういう……」


どすんっ!


突然の大きな音に、私はビクッと継ぐ言葉を飲み込んだ。


音は廊下からだ。

この音、あまり考えたくなかったが、明らかに──


「そうなんだよ、いつもこの時間に降りてくるんだよ」


中川が笑いながら言った。


ここで初めて彼が怖くなった。


何だかわからないが、少なくとネズミや猫でも無ければ泥棒でもなさそうだ。まして忍者であるはずがない。

私はもう耳を塞いで寝てしまいたいと思ったが、何を思ったか、中川は私の手を取りそのまま襖を開けて廊下に連れ出そうとした。


「はぁ!!?いや、お前、ちょ、待てって!」

「大丈夫大丈夫、見た方が早いから」


そう言って襖をずばっと勢いよく開けた。

廊下は真っ暗だったが、中川の部屋から指す灯りで少し先まではぼんやりと視認できた。



たたたたたたたたたたたたた



それより先の真っ暗な廊下の奥へ、足音が駆けて行った。

姿は見えなかった。

ドキッと私の心臓が強く鼓動したのを覚えている。

しかし中川はそんな私のことなんかお構いなく、手を引いてグイグイと足音を追って廊下の奥へと突き進んでいく。


もう私は為す術もなく、ただただ中川に従うだけだった。


たたたたたたたたたたたたたたたたた


ずばっ


ぴしゃっ


足音は廊下を突き当たりまで真っ直ぐ駆け抜けたようだった。


私たちが追いつく頃には暗がりにもいくらか目が慣れ、その突き当たりには細い襖があるのがわかった。

足音はこの襖を開けて中に飛び込んだようだ。

ここよ、ここ、と言わんばかりに中川がその細い襖を指差す。


「まぁ見てろ」


彼がニヤリと笑う。

もうどうにでもしてくれだ。


ずばっ


中川が勢いよく襖を開ける。



中は空っぽだった。



誰もいなくて一瞬ホッとしたが、すぐに違和感に気づいた。


何だこの部屋は。


大人が一人入ればもう満員になるような狭い狭い部屋は、窓も棚も何もない空間だった。

襖の奥にはただ真四角の箱があるだけ、そんな印象だった。

物置にするにはあまりに不便というか、必要性がわからない。おそらく家の作りからして隙間空間の有効活用ではなく、この空間だけがぽこっと外壁に飛び出してると思われる。

何のために作られた場所なのか、全くわからなかった。


ただ、私にはそれ以上に感じた違和感があり──


「どうだ?これで忍者って信じたか?」


暗がりでも分かる程、中川がドヤ顔をした。


「いや、意味がわからん。これが何で忍者だって信じる要素になるんだ?」


私は冷や汗を拭いながら聞いた。

彼はますます人を小馬鹿にしたような顔をして


「ったく、森野は鈍いなぁ!この空気、この匂い、分かんないかなぁ?」


はぁ?

と私が聞き返すと中川は


「この部屋からだけ、煙の匂いがするだろ?これは、忍者が煙幕でドロンって姿を消した証拠なんだよ!わかるか?だからここには、忍者がいたんだ」


鬼の首を取ったかのような顔で言った。




「バカっ!!!お前これ線香の匂いじゃねーか!!!!」




私は思わず怒鳴ってしまった。

襖を開けた時からずっと、部屋の中からは濃い線香の匂いがぷんぷんしてた。

そんなもの、どこにもないのに。


しかし中川はへ?と言ってポカンとした顔だった。


「なぁにぃ?けんかぁ?」


私の叫びを聞いて、中川の母親がジャージ姿で眠そうにしながらやってきた。


「違います!うるさくしてすみません!!!お休みなさい!!!!」


私はなんだか無性に腹が立って、そう叫ぶと中川の部屋に戻り布団に潜り込んだ。


本当は得体の知れない何かが歩き回ってる家なんかすぐにでも逃げ出したかったが、その時は呑気な中川に対して何故かめちゃくちゃ怒りが込み上げていて、そのまま布団で眠ってしまった。

怒りが恐怖を凌駕したのは、後にも先にもこの時だけだ。


翌朝、目を覚ますと中川はすでに起きていた。ベッドに腰掛け、こちらをすまなそうに見ている。


「森野……なんか昨日はごめんな」

「いや、俺も怒鳴ったりしてごめん……」


中川が謝るので私も謝ったが、正直何を謝ってるのかよく分からなかった。

何だか頭の整理が付かなかったので、もうあまりこの件には触れたくないな、そう思ったがどうしても気になることがあったので私は彼に尋ねた。


「……ちなみに中川さ、この事、親は知ってるの?」

「あぁー……いや、うち放任主義だから」


何の回答かさっぱり分からない為、私は本当にこれ以上聞くのをやめた。


その後は昨日の残りのピザを温め直した朝ご飯を食べ、昼も食べてきなと言う中川母からのお誘いを丁重にお断りして私は帰宅した。




それからも中川とは仲良くやったが、家に行く事はなかったし、この件に触れることもなかった。

本当はジョジョのストーリーモードもンドゥール戦の途中だし続きが気になっていたけど、あの家にはやはり行く気にはなれなかった。


なんだかんだで中川とは三年間クラスは一緒だったが、高校は別々になりすぐに連絡を取り合うことはなくなった。


高校卒業後、地元を離れた私は学生時代の交友関係がゼロな為、大半の同級生がどうなったのか知らないままである。

ただ、私が中学時代唯一お泊まりまでした友人だったからか、私の母はやたら中川情報だけはこまめに仕入れて私に報告してくるのだった。


今は中川、二つ年上の嫁さんを貰って今月3人目のお子さんが産まれるらしい。母親もいまだ健在だそうな。



引き続きあの家に家族みんなで暮らしてるという。



実はこの話、私の中では長らく宙ぶらりんになっており

『怖い家の話』

とするべきか

『バカな中川くんの話』

とするべきか決めあぐねていた。


しかし先日、YouTubeで某変な間取りのパロディ動画を見て


「あ、もしかしてあの部屋、本当に忍者が住んでたのかもな……」


と、ふと思ったので『変な間取りの話』としてここに記しておく。

<了>

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