エレベーターと配達員

今私たち夫婦が住んでいるマンションは、転勤時に会社が借りた物件だ。


そこのエレベーターは一階のホールにモニターがあり、エレベーター内が監視カメラで見られるタイプのものとなっている。


誰も乗っていない間は電気が消えており、誰かがボタンを押せば明かりがついてエレベーターが動き出す。


どこにでもあるごく普通のエレベーターだ。


仕事が終わって帰路に着く大体20時過ぎくらいのこと。その日も私はいつも通り5階の自室に帰るべく、エレベーターホールの⬆️を押した。


パッとエレベーター内の電気が付く。

中に人が立っていた。


「うおっ!?」


と思わず声が出た。

汚い段ボール箱を持った男がエレベーター内に立っている。

制服は着ていないが配達員の類だろうか?何故かカメラ目線でじっとこちらを見ている。


なんだこいつ?

第一印象はそんなだった。


しかし、少しずつ怖くなってきた。消灯したエレベーター内でじっと佇んでるなんて普通ではない。まともな人間だろうか?


例えば、配達に来たが途中で届け先が分からなくなりエレベーター内で途方に暮れてる人

とか?


いや、そんな奴いないだろ。

私がそんなことを考えている間にもエレベーターはゆっくりと降りてくる。


15…


14…


13…


12…


あれこれ考えながらモニターを見ていた私はそこでようやく、男が何かを喋っていることがわかった。


口を大きく動かして何がしかを伝えようとしているようだが、画面が小さいのもありよくわらない。

なんだろう?なんて言ってるのかな?

モニターを凝視する。


7…


6…


5…


4…


もうすぐ一階だ。

相変わらず男が何を言ってるかはわからない。

しかし、急に私は何だかこのままあの男と出会すのがまずい気がして、早歩きでエレベーターから離れた。

直感が働いた、ような気がしたのだ。


少し離れた場所にある集合ポストを覗くフリをして横目でエレベーターを確認する。

一階についたエレベーターの扉が開き──



誰も降りてこなかった。



あれ?おかしいな。

私はエレベーター前までまた早歩きで向かった。


見てる限り2階や3階に停まった様子はなかった。


それなのに。


ボタンを押して扉を開けたが、エレベーター内は空っぽだった。

おかしい。見間違いだったか?疲れてるかな?


自問したが、モニターの中で男が口をパクパクさせた姿が脳裏にクッキリ浮かぶ。あれは見間違いなどではない。

となると……



「すいませーん!」



突然の若い女性の声にびっくりしてしまう。


買い物袋を持った女性がエレベーター内に駆け込んできた。


「すいません。4階、お願いします」


少し息を切らしながら私に言う。


そうか、普通に見れば自分は今からエレベーターで上がる人だよな、とそこで気づく。

私は自分の家の5階と女性の言った4階のボタンを押した。エレベーターはゆっくりと動きだす。


さっきの男のことは、まぁいいか、忘れよう。考えても答えは出なさそうだし。

私がそんな風に考えていると、4階でエレベーターが止まった。


「あ、ありがとうございます」


女性が軽く頭を下げて出ていく。

私も同じく会釈を返す。



「あと、さっきの人は『オトドケモノデス』って言ってたんですよ」

「え?」



と私が言うより先にエレベーターの扉は閉まり動き出した。


なに?

なんだったの今の?

どういうこと?



女性の去り際の言葉の意味がわからず、私は5階に降りた後もしばらく呆然としてしまった。

その日は一日中、女性の言葉が頭から離れたかった。


その日以降、あの配達員を再び見かけることはなかった。



ただ、あれから私はなんとなくエレベーターに乗るのが嫌になり、よっぽどの事がない限り階段で5階まで上り下りをするようにしている。

おかげで


「健康に気つかってえらいじゃん」


と嫁に褒められている、という話。


ちなみに女性は普通にマンションの住人なので今でもたまにゴミ捨てや玄関ホールで出会すことがある。


軽く挨拶くらいはするが、たまにエレベーターで汚い段ボール箱を運ぶ姿を見かけるので、それ以上声はかけないようにしている。


<了>

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