ひとりかくれんぼとワタシ


私の一番古い記憶は、多分幼稚園に上がる前、昔の実家でかくれんぼをしている記憶だ。

ただ、私が好きだったかくれんぼは普通のかくれんぼではない。


"ひとりかくれんぼ"だった。


ルールは簡単、家で一人で遊んでいる時に母親やばあちゃんや姉といった私の面倒を見てくれる人たちの監視の目を掻い潜り、人知れずこっそりどこかに隠れるのだ。

そうして息を潜めていると


「樽児がいない!」

「タルちゃんどこいった!?」

「まさか外に行ったか!?」

「大変や!!みんな探して!」


と大人達が慌てふためく。


それを隠れて見る。

笑いを堪えながら。

これがひとりかくれんぼの遊び方だ。


今振り返ってもなんちゅうクソガキだと思うのだが、当時はそれが最高に楽しかった。


正直言うと、今でも結構楽しそうには思う。

三子の魂なんとやらだ。



当然見つかった後は安堵と共にめっちゃくちゃ怒られるのだが、それでも何度も繰り返した記憶がある。

何がそこまでさせてたのか今となってはあまり思い出せないが、当時の私にとっては最高の遊びだったことは間違いない。



その日も居間にいた私はひとりビデオを見ていた。

確かディズニーの短編アニメ集だ。

しかもドナルドの吹替が山ちゃんじゃなくて関時男さんの、今となっては貴重なバージョンの方だ。

私にとってのディズニー原体験は旧バンダイ版吹替である。


話が逸れたが、とにかくビデオを見るのに飽き、ひとりかくれんぼを実行することにした。


母が町内会だかPTAの集まりで不在で家にはばあちゃんと姉しかいない。

最高のシチュエーションだ。

姉は2階の自室におり、ばあちゃんは台所で何かを揚げている。


(余談だがうちのばあちゃんは暇さえあれば冷蔵庫の中身を何かしら天ぷらにして揚げてた。これはうちのばあちゃんだけの習性だろうか?)


私はテレビをあえて付けたまま、バレないようにこっそり居間を抜け出し隠れ場所を探した。

ド田舎の農家だったうちは無駄に広く、隠れる所は豊富だった。


その日私が目につけたのは、仏間。


自宅で葬式が出来るくらい広々とした仏間には立派な仏壇があり、その隣には観音開きの小さなタンスがあった。

開けると中にはふかふかの大きな座布団、いわゆる導師布団が積み重ねられていた。


私はその中に潜り込むと、内側からそっと扉を閉めた。ただし完全には閉じず、少し開けておく。

そうすることで、周りの騒ぎ出す声が聞きやすいからだ。



隠れ始めて数分後



「あれ?ばあちゃんタルは?」

「テレビの部屋におらんけ?」

「いないよ。どこいったん?」

「あらぁ!まぁたタルちゃんどこかいったがいね!?」


ばあちゃんと姉がバタバタし出すのが遠くに聞こえた。


「タル〜!」

「タルちゃ〜ん!」


二人が私の名前を呼びながら何度を開けたり、風呂場に行ったり、裏口に回ったりしてる。私は楽しくて仕方なかった。


そんな風に座布団の間で笑いを堪えていると


ぎっ


と仏間の畳が踏み締められた音がした。

おっと、誰か来たな。

そう思って私は座布団を頭から被り、暗闇の中で耳をすました。


ぎっ


ぎっ


ぎっ


ぎっ


誰かがゆっくり近づいてくる。


ばあちゃんかな、お姉ちゃんかな?

扉を開けたらどんな風に出ようかな?


そんな風にあれこれ考えていたがふいにあれ?なんかおかしいな?と気づいた。


仏間に来た何者かは、一言も喋っていない。

ただゆっくり一歩一歩、こちらに近づいてくるだけだ。


よくよく耳をすませば、二階から姉の声が聞こえ、ばあちゃんは玄関を開けて外に出ていった。


お母さんが帰ってきた?なら当然ただいまは聞こえるだろう。


じゃあ、誰が来てるんだ?


ぎっ


ぎっ


ぎっ


ぎっ


私は急に怖くなり息を殺して座布団の中でさらに縮こまった。


何が来ているかは分からないが、とにかく怖いモノだとは確信していた。

どうか見つかりませんように、どうか見つかりませんように……!


ぎっ


ぎっ




ぎっ




足音は箪笥の前まで来た。




かちゃ




扉に手をかけた。


開けられちゃう。

どうしよう。

開けないで。

開けないで。


私がそう念じていると





ふぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ





"そいつ"は少し開けた扉の隙間から、中に向かって長く、大きく、息を吹き込んできた。



びっくりするほど、臭かった。



そして嗅いだことのある臭さに似ていた。

例えるなら、犬小屋の臭いだった。


狭くてじめじめした汚い小屋の中で獣の体臭が醸された、あの臭いを何百倍にもしたような、凄い悪臭だった。



怖すぎたせいか、臭すぎたせいかは分からないが、私は気が遠くなる感覚を生まれて初めて味わった。

そこで意識が途絶えた。



次に私が目を覚ましたのは、居間で姉に顔を叩かれた時だった。

曰く、箪笥の中で座布団にくるまって寝ている私を見つけて居間まで担いできたそうだ。


私のさっきの体験はもしかして夢だったのだろうか?

そう思っていると姉がキレながら言ってきた。


「アンタ、う◯こ漏らしたでしょ?箪笥の中、すっごい臭かったんだから!!」





その日から、私はひとりかくれんぼを止めた。そして例の仏間にも、決して入らないようになった。



それから、それまでは平気だった犬が苦手になった。


正確には犬小屋が苦手だ。

嫌いになった。

おかげで犬小屋が玄関にある家には入る事が出来なくなり、小学校卒業まで非常に友達付き合いで難儀した。


小学校卒業以降はあまり気にならなくはなかったが、やはり苦手ではある。今でもだ。


一度嫁と散歩した際に犬小屋を見かけたことがあった。


フラッシュバックにより気分が沈んでいた私を嫁がえらく心配したので、実は犬小屋の臭いが苦手で……と話をした。


嫁はそれを聞き


「へぇーそうなんだ。でも、たまにアンタからもたまに似たようなやつ臭うけどね」


え?ほんと?


<了>

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