酒と鉄オタの部長
「部長、鉄道がお好きなんですよね」
関西の営業所にいた時の話。
包装資材の営業をしてる私は、その夜とある食品メーカーの購買部長を接待した。
酒豪で知られる部長を酒に弱い自分が相手するのは無謀に近かったが、私には秘策があった。
「是非私に色々教えて下さいよ」
そこからは部長はノリノリで色んな話を聞かせてくれた。
自分の好きな車両はどうだとか、◯◯駅の音声がどうだとか、廃棄される車両のパーツをオークションで競り落とした話だとか……喋る喋る飲む飲む。
私はそれを大袈裟に相槌打つ。
また部長はノリノリで話す。
こうする事で私のグラスが全然空いてないことを悟られないようにするのだ。
これで苦手なビールも日本酒も飲まずに済む。完璧な作戦だ。
「へー」「知らなかったなぁ」「凄いですねぇ!」「そうなんですか!?」
どんなオタクも初心者に物を教える快感には抗えない。
部長は一人ガバガバ飲みながら勝手に気持ちよくなってくれたようだった。
その時私は、接待の大成功を確信していた。
「でもね、森野くん。僕が電車で一番好きなのはね……実はこれなんだよ」
2時間程経って相当酔いが回ったであろう部長が、もったいぶった感じでスマホを見せてきた。
動画が流れていた。
それは駅の、電車待ちをしている人を撮影したものだった。
丁度電車が来るのを知らせるアナウンスが流れているタイミング。
なんだろう?さっき話してた「音鉄」の話かな?
私が部長にそれを聞こうかと思った瞬間、電車がホームに来るタイミングで一人の男性が線路に飛び込んだ。
「え?」
動画内は騒然としていた。
阿鼻叫喚のホームを、じっとスマホカメラが捉えている。
なんなんだこの動画は。
部長は、ニコニコしてこっちを見ている。
「どう?凄いでしょ?」
「え、いや、はぁ」
曖昧な返事をするしかなかったのだが、上機嫌な部長は更に続ける。
「これはね、私が関西に出張した時に撮影したんだよ。偶然撮れてねぇ〜貴重な場面だよね〜」
ニコニコと話しているが、私は流石にちょっと動揺していた。
決定的な瞬間が撮影されてるわけではないが、それにしても悪趣味ではある──
「え〜、そんで次はね〜、私の家の近所の駅なんだけどねぇ」
え、次?と私がいうより先に動画が再生される。
また同じような駅の光景。
アナウンス。
電車。
女性。
ブレーキ。
叫び声。
私は声が出ない。ただ画面を見るだけ。
「それから、これは夜で見にくいんだけど……」
夜の駅。
アナウンス。
電車。
男性。
ブレーキ。
叫び声。
同じだ。また、同じ動画。
「次はね〜」
とまた動画の準備をし始める部長。
いや、いや、おかしい。
ちょっと待ってほしい。
なんなんだ、これは。
段々と背筋が寒くなり、全身の血が冷えるような感覚に包まれた。
私は、なんとか絞り出すように声を出す。
「あ、あの!ぶ、部長……この、こ、この動画って……」
それを聞いた部長は、満面の笑みを浮かべて私に言った。
「ダメダメ〜!!!教えられないよぉ〜〜!!!真似されたら困るもん〜〜!!!」
私が期待したような回答ではなかった。
「ですよね!じゃあ、部長!飲みましょうか!!!!」
そこからは作戦変更し私はひたすら飲んだ。
もう何も聞きたくなかったので、何聞いても分からなくなるくらい飲んだ。
日付が変わった頃、電車で帰りたがる部長にタクシーチケットを渡して帰ってもらい、私は自分の体積の半分くらいをリバースしながら歩いて帰った。
接待は大失敗だった。
少なくとも私にとっては。
あれから部長と電車の話をすることはなく、私は別の地区へ異動になった。
今でも、そのメーカーの調味料を見る度に、ちょっと気分が悪くなるのだが
「冷凍からあげに一番合う」
という妻のリクエストにより、常に我が家の冷蔵庫にはその調味料がある。
つらい。
<了>
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